昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

【ウエスタン・中日】大事なことはすべて星野仙一様に教わった

文春野球フレッシュオールスター2017

※こちらは公募企画「文春野球フレッシュオールスター2017」に届いた約100本の原稿のなかから出場権を獲得したコラムです。おもしろいと思ったら文末のHITボタンを押してください。

【出場者プロフィール】式守’サチモス’龍之介 岐阜県在住 44歳
 説明する事が難しい職種のサラリーマン。ナゴヤ球場時代のドラゴンズはいつ行ってもお客さんでギュウギュウ。ガラガラの本拠地なんて許せない! 今やってる仕事がドラゴンズの人気回復に生かせないか? を、常に考える。ナゴドが満員になるなら道化師にだってなるさ! YouTubeで覚えたツーシームとチェンジアップを武器に、今季の草野球投手成績は4試合0勝3敗1H、自責点5、失点21。

◆ ◆ ◆

おでこからミサイルを発射した選手に激怒したおじさん

 星野仙一様を初めて見たのは小学校2年生の夏休み。僕はお盆で親戚が集まる中、大人に混じりつまらない野球中継を見ていた。

 名古屋に近い岐阜県というお土地柄、何となくドラゴンズを応援してはいたものの、一喜一憂する大人達とは温度差アリアリ。アニメ見たいな~とウトウトしかけていたその瞬間、大人達の「あーーっ!」という悲鳴と共に事件は起こった。

 あまり野球のルールを知らない僕でもこれはアウトになる! という平凡なフライをプロの野球選手が捕る事が出来ず、事もあろうにおでこに当て、大きく弾いたのだ。いや、弾いた! というレベルではない。おでこからミサイルが発射されたような、そんな不思議な光景だった。ミサイルはあり得ないくらい飛んで、転がって、遠くの緑色の壁まで達し、ミサイルを発射した選手でない選手が必死に追いかけ、投げ、ホームでランナーをアウトにした。再び歓声をあげる大人達! 何が起こったか分からない!?

 そして次の瞬間、僕は見てはいけないものを見てしまう……。何と投げていたおじさん投手が鬼の形相でグローブを叩きつけ、怒りをあらわにしていたのだ。

 学校の道徳では「失敗したお友達は許してあげよう」という教育を受けて来た為、おじさん投手の激しいアクションは衝撃的であり、あんなに怒る大人を初めて見た僕は言葉を失ってしまった。

 おでこミサイルの選手の気持ちを察するといたたまれない気持ちになったが、大人達は「宇野は何やっとる!」「センちゃんの気持ちは分かる!」といったような、意外なリアクションだった為、不思議の国のアリスを見ているような? 奇妙な気持ちになった。同時に「よっぽどの時は怒ってもいい」という、僕の価値観が出来上がった瞬間でもあった。

 そして、この試合をきっかけに僕のドラゴンズファン歴が始まっていくのである。

ドラゴンズファンに導いてくれた星野仙一 ©文藝春秋

仙一様愛のムチ~小学生編~

 仙一様と初めて対面したのは小学校5年生。あのおでこミサイルを放った宇野選手が、何とホームラン王に輝き、どっかのホテルで行われた「宇野選手ホームラン王祝賀パーティー」に父の仕事の繋がりで連れていってもらった時である。

 当時仙一様はNHK「サンデースポーツ」のメインキャスターとして名を馳せていたのだが、なんと宇野選手の大先輩という事でこのパーティーに呼ばれていたのだ。あんなに激怒してたのにパーティーには来るのか? という疑問はあったが、お茶の間のスターを目の前にドキドキ……。仙一様を少し離れた席から熱い眼差しで見つめていた。

 パーティー終盤、仙一様が来場者にサインをしてくれそうな時間を見つけると、母と一緒に近寄ってみる。だが、あまりの有名人オーラに圧倒され、用意していた色紙を渡せない。モジモジしていると、業を煮やした母が色紙を取り上げ「星野さん、息子にサインを書いてもらえませんか?」と、仙一様に聞いてくれた。

 すると仙一様はキッと一睨みするなり「坊主、サインが欲しいんだったら自分で言いに来い!(バカヤロー!)」 ※バカヤロー!は言われていないのかも知れないが、気持ち的には完全に言われてる。と、一喝! 母親に促され、恐る恐る「お願いします」と色紙を渡すと、「貸せ!」と言わんばかりに色紙を取り上げ、サラサラと
「夢・星野仙一」と書き上げ、ホレ! と、ぶっきらぼうに渡してくれた。 その後は頭が真っ白になり、帰りの道中の事も全く覚えていない。ただこの時「お願い事は人に頼まず自分でする」という人間としての基本をしっかりと仙一様から教わったのであった。

ファンにサインを書く星野仙一 ©文藝春秋