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39歳の認知症当事者がスコットランドを旅して分かった「認知症にやさしい社会」

39歳の認知症当事者がスコットランドを旅して分かった「認知症にやさしい社会」

認知症当事者3人のスコットランドの旅 後編

2017/07/18
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「権利と自立と偏見」

 今度、講演で認知症の人の「権利と自立と偏見」について語ろうと思っています。これもスコットランドを旅して感じたことです。

「自立」をしないと、私たちは周りから「変な人」と思われてしまいます。自立していると、自分がこれだけできるのだから、周囲から何を言われても「言われる筋合いはない」と思えるのです。自立していないと、「可哀想な人」と思われるのが怖くて外に出て行けなくなります。自立できないと、自分が過ごしたい生活ができなくなるのです。

「偏見」はみんなの心の中にあります。その根底にあるのが、認知症に対する間違った情報だと思うのです。

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 小学校で講演した時、「認知症になって良かったことはありますか」と聞かれたことがありました。子供は偏見がないから、そういう質問ができるんですね。

「権利」とは、当事者がこれまで過ごしてきた普通の生活を、認知症になっても続けられることではないかと思っています。

 これまで、当事者は偏見があるから認知症を隠そうとしましたが、なぜ偏見が生まれるかを考えませんでした。ところが、最近になってようやく「偏見ってどうして起こるんだろう」と、みなさんが考えるようになりました。偏見を考えれば、自立につながります。自立を考えなければ、偏見はなくなりません。自立を考えれば、当事者の権利も考えるはずです。自立と偏見、自立と権利というのは、「点」ではなく、「線」でつながっているんです。

 日本では、自立ではなく、守られすぎる当事者が多すぎます。認知症をオープンにしてしゃべりたい人がいるのに、奥さんや旦那さんの目を気にしてしゃべれないんです。

 でも最近は、守られていない当事者がしゃべるようになってきました。やっと「権利と自立と偏見」について議論できる下地ができたのだと思います。スコットランドを旅しながら、私はそんなことを考えていました。

スコットランドの珍道中

 帰国前日の3日目は観光に当て、エディンバラ城などを観光しました。

 私たち3人はだれも英語がしゃべれないため、道中はほんとにドタバタ続きで、竹内(裕)さんから「ちゃんとしろよ」って怒られる始末です。今回は行き当たりばったりの旅でしたが、私たちには最高に楽しい旅だったと思います。ぜひ、他の当事者にもこんな経験をしてもらいたいですね。

 私はハンバーガーが大好きです。帰国の日は、やっぱりスコットランドのハンバーガーを食べました。本当に肉厚なんです。

 全員がお酒を飲むので、みんなでエディンバラのパブに行き、飲んで食べておしゃべりしました。私はいろんなビールを飲み、竹内さんはいろんなスコッチを飲む。フィッシュ&チップスをシェアしながら。最高に楽しい時間でした。

一緒に旅した仲間たちと

「認知症にやさしい社会」とは

 観光しながら、認知症の人にも使いやすいかどうか研究してみようということで、バスや電車に乗り、美術館にも行きました。

 記憶に残っているのは、電車に自転車も乗せられるようになっていて便利だと思ったこと、それに「〇〇行」という表示が車体の真ん中にあって見やすかったことです。

 バスは、乗降口にパタンと倒す板があって、車椅子の人でも乗り降りしやすいように工夫されていました。スコットランドでは、障害を持っていても自由に生活する権利があるからだそうです。

スロープが出てくるバス/同行した石原哲郎氏より提供

 ただバスは、乗り降りするときはすごく優しいのに、運転がものすごく荒かったのにびっくりしました。

 全体の印象として、エディンバラなどは美しい街ですが、では認知症にやさしいかというと、ごく普通の街です。制度としても、たしかにスコットランドは、ワーキンググループなど、当事者に関するものは進んでいる印象がありますが、重度の認知症についていえば、日本の方が進んでいます。スコットランドでの診断直後からの支援、日本での進行していってからの支援、お互いに良い部分を学び合えば、それほど遠くない時期に「認知症にやさしい社会」が実現できるのではないでしょうか。今回の旅で、私が確信したのはこのことです。

〈取材・構成=奥野修司〉

丹野智文 笑顔で生きる -認知症とともに-

丹野 智文 (著), 奥野 修司 (著)

文藝春秋
2017年7月13日 発売

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