昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

満天の星降る、新江ノ島水族館を巡る ナイトワンダーストーリーズ 第三話

文藝春秋×新江ノ島水族館 特別企画

PRsource : 週刊文春

新江ノ島水族館で開催中の「ナイトワンダーアクアリウム2017~満天の星降る水族館~」と文藝春秋各誌による特別企画「ナイトワンダーストーリーズ」。第三話は、思い出の魚を巡る物語です。

» 第一話「イワシと天の川」(CREA Web)
» 第二話 「アカエイと甲子園」(Number Web)
» 第四話 「クエと白鯨」(文春オンライン:文藝春秋)

 

第三話「ミノカサゴと左の手」

 16時をまわったというのに、江の島はなお日差しまぶしく、海も空も夏らしい色彩にきらめいている。

 だが、美しいとも何とも感じない。ガラスを隔てて見るように、味気ない。

 前を歩く妻も、おそらく同じだろう。思いもよらぬ交通事故で十四歳の娘を亡くして半年。「散歩でもするか?」と誘い出してはみたものの、潮風に吹かれたところで、少しも心が軽くなることはないはずだ。

 海の家からの笑い声を避けるように国道へと向かうと、娘が好きだった新江ノ島水族館の正面に出る。思い出にからめとられる前に通り抜けようとしたその時、突然、誰かが彼の左手を握ってきた。

 「パパ、早く早く、みんな並んでるよ!」

 「愛美(いつみ)……?」

 娘だった。それも、幼い頃の。

 息が止まりそうだった。だが、そう思ったのは一瞬だった。大きな瞳こそ娘にそっくりだが、よく見ればまるで別人だ。

 「あっ、ごめんなさい!」

 明るい声で叫ぶと、少女は彼の手をパッと放し、駆け出していった。どうやら、彼を父親と間違えてしまったようだ。

 「きっと、家族であれを観に行くのね」

 呆然と立ち尽くす彼の隣で、妻がつぶやいた。指差す先には、「ナイトワンダーアクアリウム2017~満天の星降る水族館~」と書かれたポスターが貼られている。17時以降は演出を変え、 「夜の水族館」になるという趣向らしい。

 「入ってみようか」

 左手に残る小さな手の温もりを感じながら、彼は言った。

 「愛美も水族館、好きだったもんな」