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アジアの食の原点が見えてくる

『謎のアジア納豆 そして帰ってきた〈日本納豆〉』 (高野秀行 著)

2016/06/14
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 今ぼくが最も注目している高野秀行さんがまたやってくれた。今度はどういう秘境を探検し、どんなとんでもないものを見つけてくれるのだろうかと楽しみに新しい探検冒険行の記録を待っていたが、今回はいきなり「納豆」だった。あの日本の正しい朝ごはんに主役然とした顔つきで出てくる「納豆」である。ぼくをはじめとして多くの日本人は、納豆は日本古来のもので、日本を代表する食べ物と思っていたはずである。当の高野さんもこの本の序章の部分でそう書いているが、それでも彼はこれまで旅したアジアのとんでもないところで納豆味としか例えようのない物体をあちこちで食べている。

 実はぼくもタイやミャンマーで同じような体験をした。世の中には図らずも似たようなものがあるのだなあと数分考えただけだったが、高野さんのすごいところは、この驚くべき広範囲の国々で日常的に食されている知られざる納豆の正体を暴くために長い時間、身を張って徹底的にそれらを取材、追及しまくっていることである。

 まあ、そういったらなんだが、ただの納豆である。けれどこの爆発的な好奇心の噴出と行動力は、ついに日本で初めて(いや絶対世界で初めて)アジア各地の納豆の真実を突き止め、それぞれすべてとことんまで食べて確かめ、製法を学び、ルーツにまで迫ったのである。そうした一連の行動によって、発酵から始まる納豆群の多彩で豊富な食物ワールドを膨大な資料をもとに体得、分析し、これ一冊を読むとアジアの食の原点まで見えてくる構造になっている。

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 冒険家であり、優れた博物学者であったチャールズ・ダーウィンやライアル・ワトソンの系譜を継ぐ冒険博識家が高野さんによって日本で生まれつつある、ということに気がついた。当然ながらこの行動記録は日本の発酵業界に対するかなり刺激にみちた思考喚起の一石となっていくであろう。

たかのひでゆき/1966年、東京都生まれ。ノンフィクション作家。89年『幻獣ムベンベを追え』でデビュー。2013年『謎の独立国家ソマリランド』で講談社ノンフィクション賞を受賞。『イスラム飲酒紀行』など著書多数。

しいなまこと/1944年生まれ。作家。企画・プロデュースする雑誌「とつげき!シーナワールド!!」シリーズが好評発売中。

謎のアジア納豆: そして帰ってきた〈日本納豆〉

高野 秀行(著)

新潮社
2016年4月27日 発売

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