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累計85万部突破、今一番熱い“八咫烏シリーズ”! 最新刊『弥栄の烏』は「読者の価値観を揺すぶってみたかった」──「作家と90分」阿部智里(前篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/07/29

genre : エンタメ, 読書

note

単行本の刊行が一か月遅れたことで加筆できた運命的な最後の一行

――そして16歳で『玉依姫』を応募されたんですよね。最終選考に残る4作に絞る段階までは残っていて、阿部さんを残すかどうかかなりの議論になったとか。

阿部 あの時落としていただいたおかげで、ここまでこられたと思います。16歳の時にデビューしていたら、たぶん話題性が先行して1巻は売れたと思うんですよ。でも実力が備わっていないので、2巻を出して終わっていた気がします。20歳になってからデビューしましたが、それでも3巻で打ち切りの可能性が充分にあったんですから。

──受験勉強を経て早稲田大学に入学し、2012年に『烏に単は似合わない』で史上最年少の20歳で松本清張賞を受賞、同作でデビューされたんですよね。

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阿部 3巻の『黄金の烏』の単行本を出した時に、来年は違うものを出しましょうという話があったんです。実は、あの本の最後の一行に「八咫烏が再び猿と相まみえるのは、それから約三年後の事であった。」とありますが、最初のゲラではその一行がなかったんです。明確に続きを予感させる文章なので、来年違う本を出したら「ああ、打ち切りになったんだな」と明らかになってしまうので。

 その頃、第1巻の『烏に単は似合わない』が文庫化されたんです。これは神様のお導きの気がするんですけれど、本当は単行本と文庫と同時に出す予定だったのが、私がゲラに手間取っていたために単行本の刊行が1か月遅れたんです。で、その1か月が運命の分かれ道でした。先に出た文庫の売れ行きがいいので、続きを書けることになったんです。それで最後の1行を加えました。

――そうそう、文庫がすごく売れて、評判になったんですよね。

烏に単は似合わない  八咫烏シリーズ 1 (文春文庫)

阿部 智里(著)

文藝春秋
2014年6月10日 発売

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黄金の烏 八咫烏シリーズ 3 (文春文庫)

阿部 智里(著)

文藝春秋
2016年6月10日 発売

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阿部 16歳の時に打ち切りがどうかという状況になったら、うまくいっていなかったと思います。もうひとつ、16歳の時でなくてよかったと思う理由があります。その時にデビューしていたらシリーズ第1弾が『玉依姫』になっていましたが、それだときっとそこで話が終わっていたと思います。今の八咫烏シリーズはあえてミクロの単位からだんだん世界を広げていって、広げていった世界が実は……という構造になっている。だけどもし『玉依姫』から始めていたら、その順番ではないので、違うバイアスがかかって読者が楽しめなかったと思います。『玉依姫』はどのタイミングで出すかによって、八咫烏シリーズにとどめを刺す可能性もあったんです。最終的に考えると、ベストのタイミングで出せたなと思いますね。まあ、評判は悪かったですけれど。

――雪哉が出てこないからでしょう(笑)。

阿部 そうなんですよー。それに『玉依姫』は思い入れが強かったので、そういう書き方をしてしまったのかなという気もします。私は単体で見た時に、『玉依姫』が一番完成度が高いんじゃないかと感じているんですけれども。

自分を殺すかもしれない赤ん坊の神様を育てろと言われたら?という “最初の一粒”のアイデアから始まった

――そもそも高校生の時、『玉依姫』は、どんなものを書こうとイメージしていました?

阿部 私の場合、アイデアの粒が降ってくるというか。その最初の一粒を大切にして、残りの部分を計算で構築するというやり方をしているんですね。『玉依姫』の場合、最初にポンと落ちてきたアイデアというのが、この先自分を殺すかもしれない赤ん坊の神様を育てろと言われたらどうするだろう、ということでした。じゃあその神様はどういう神様で、生贄にされる子はどういう子だろうって考えていきました。生贄になる人間の女の子も、最初はまた違う時代の土俗的な雰囲気のところの娘なども考えていたんですけれど、結果的に志帆という現代の女の子にしました。自分に近い設定にしたほうが、他の人が読んだ時にリアリティーを感じてくれるんじゃないかなという計算です。

瀧井朝世さん ©榎本麻美/文藝春秋

――その頃にはもう、〈山内〉に関する年表も作ってあったのですか。

阿部 作りましたが、私、こんな人間なもので、作った年表がずれていて、あとで「あーーっ」ってことになりました(笑)。設定ノートも作ったんですけれど、この時期に何があって、その時この子は何歳で、というのがずれている。編集の方たちには「私が何か数字を出したら、必ず間違っていると思ってください」と言っています(笑)。