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近藤 正高
2017/07/27

ご存知ですか? 7月27日はロッキード事件で田中角栄前首相が逮捕された日です

大物政治家逮捕の衝撃

 いまから41年前のきょう、1976(昭和51)年7月27日、戦後最大の疑獄事件であるロッキード事件で田中角栄前首相(当時58歳)が逮捕された。

内閣総理大臣に就任したのは54歳のとき ©文藝春秋

 この日、午前6時半すぎ、東京地検特捜部の検事と捜査官らが、東京・目白台の田中邸に赴き、任意同行を求めた。田中は素直にこれに応じ、検察庁の用意した車に乗りこむ。車が特捜部の入る霞が関の検察合同庁舎に近づいたとき、運転していた検事が、「地検前にはマスコミがいるかもしれませんが」と確認したところ、田中は「いや結構」ときっぱり言った。このため車は正面玄関につけられた(坂上遼『ロッキード秘録 吉永祐介と四十七人の特捜検事たち』講談社)。午前7時27分のことである。その5分前、正面玄関前にはロープが張られ、異変を察した報道陣は誰が来るのかと待ちかまえていた。車から降りた田中は、カメラの放列の前に軽く右手を挙げると、そのまま庁舎へと入っていった。

 田中の逮捕容疑は外国為替及び外国貿易管理法違反だった。逮捕状が執行されたのは午前7時50分。取調室で逮捕状が読み上げられると、田中は紙と万年筆を求め、自民党と七日会(田中派)への離党・脱会届をしたためた。このあと、身柄は地検から再び車で東京拘置所に移送される。その車中、田中は検事たちに「私を入れた以上、雑魚はもう入れないでくれませんかな」と頼んだという(坂上、前掲書)。この年2月に事件が発覚して以来、関与した全日空や丸紅の幹部らが逮捕されていたが、政治家での逮捕者は田中が最初であった。大物中の大物の逮捕は、国民に大きな衝撃を与えることになる。

ロッキード事件初公判で入廷する田中角栄(1977年1月27日) ©文藝春秋

 このあと8月16日に田中は受託収賄の罪もあわせて起訴され、翌77年より裁判が始まった。83年10月12日には懲役4年の実刑判決を受け、すぐに東京高裁に控訴する。しかし控訴審を前にした85年2月に脳梗塞で倒れ、出廷しないまま控訴棄却となる。結局田中は最高裁に上告中、1993(平成5)年12月に75歳で死去したため公訴棄却とされた。ロッキード事件で起訴された16人のうち、田中のほか4被告が公判中に死亡、残る11人については全員の有罪判決が確定している。なお、有罪が確定したひとり、田中の元秘書官の榎本敏夫は、今月5日に91歳で死去した。

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