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楠木 建
2017/08/01

この酷暑をどうやり過ごすか――日本の夏、水冷の夏、マッパの夏

楠木建の「好き」と「嫌い」  好き:水冷  嫌い:空冷

空冷か水冷か

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 本田技研工業の創業者、本田宗一郎は空冷エンジンに固執した。二輪メーカーとしてスタートしたホンダにとって、四輪市場でも空冷エンジンを選択したのは自然な成り行きだった。初期の大ヒットモデルN360にしても空冷エンジンを搭載していた。水冷と比べ、造りがシンプルで低コストの空冷エンジンは、本田にとって理想の技術だった。

 しかし、時代は水冷化へと進んでいく。最大の課題となったのが排ガス規制だった。冷却のコントロールが難しい空冷エンジンでは排ガス規制を突破できない。「空冷には限界がある。これからは水冷の時代だ」と若手に説得されても、本田は「水冷といえど結局最後は空気で冷やすんだ。それなら最初から空冷でいいに決まっているじゃないか」と取りつく島がない。

空冷エンジンを愛した本田宗一郎 ©文藝春秋

 しかし、1969年に発売した空冷式のホンダ1300は失敗する。ことここに及んで、創業以来の右腕、副社長の藤澤武夫が「あなたは社長なのか、技術者なのか」と本田を問い詰める。暫くの沈黙の後、本田社長は「自分は社長でいるべきだろうな……」と答え、空冷エンジンを捨てた――。

 ホンダで起きた「水冷空冷論争」の有名なエピソードである。僕も断然水冷を支持する。といってもクルマの話ではない。夏場の自宅での冷却方法の話である。

日本の夏こそ水冷生活

 僕は極力冷房を使わずに夏の自宅生活を過ごすようにしている。何も自然が好きということではない。むしろ逆で、海や山に出かけてアウトドアライフをエンジョイ、というのは金を払ってでも勘弁してもらいたい。いたって非活動的な性分のインドア派を自認している。

 海よりもプール、プールよりもプールサイド、プールサイドで寝転がって冷たい苺のスムージーでも飲みながらだらだらと本を読んでいるに越したことはない。山の方面に行くとしても、登山などというのは論外で、せいぜい高原どまり。涼しい避暑地の家の庭に寝椅子でも出して、冷たいコーヒー牛乳でも飲みながらゆるゆると本を読んでいるのがいちばんの幸せである。

©iStock.com

 そういう人工物万歳の僕でもなぜか夏の冷房だけは好きになれない。もともと暑さ寒さに強い体質ということもあるのだが、一日中冷房が効いた部屋にいると体がだるくなってやりきれない。仕事場は都心のビルの一室で窓が開かないので冷房を入れるしかないが、家にいるときはよほどのことがない限り冷房は使わない。

 日々の仕事で使う営業車の中でもそうだ。全ての窓を全開で走っていれば自然と風が入ってくる。暑い夏に風に吹かれるのはわりと気持ちがイイ。暑い暑いと言うけれど、アジアに位置する日本の夏が暑いのは当たり前。カルカッタ(名前を聞いただけで暑そう。行ったことないけど)やデスバレー(名前を聞いただけで死にそう。行ったことないけど)じゃあるまいし、寛かな姿勢で受け止めたい。

 ということで、休日は冷房をいれずに扇風機だけ。いつも通りベッドの上に横になって本を読んでいる。もちろんものすごく暑い。

 ここで頼りになるのが水冷である。すなわち水シャワー。夏の生活は空冷よりも水冷を断固として好む。ちょっと暑くなったと思ったらすぐに水シャワー。すぐそこに開ける涼しい世界。昔だったら庭にたらいを出して行水、という手間のかかる話だったのだが、いまは思い立ったら即シャワーが使える。ありがたい。