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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/08/01

幻の大ナマズをタイ・メコン川沿いのレストランで発見!――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 前回、タイの爆発ナマズ料理を紹介したが、実はもっと強烈なナマズ料理がある。というより、おそらくこれを超えるナマズ料理はないだろう。

 なにしろ材料がちがう。メコン川の大ナマズなのだ。現地名はプラーブック、学名の響きもすごくて、パンガシアノドンギガス。世界で最も大きい淡水魚はアマゾンのピライーバというナマズらしいが、こちらは体重ではピライーバに勝るという。つまり、世界で最も重い淡水魚だ。

 タイのメコン川沿いにある東北部のナコンパノムという町で食べられると聞いて、今から二十年ぐらい前だろうか、わざわざ寝台列車に乗って行った。ところが現地に着いてみると、市場に大ナマズは見当たらず、食堂やレストランでも「今はない」と言われた。

 あるレストラン・バーで、レックさんという、六十歳ぐらいのオーナーが事情を詳しく説明してくれた。それによれば、もともと大ナマズの生息地はもっと上流部、タイの北部にあるという。そちらはこの辺よりも川がずっと深く(水深百メートルに達する場所もあるとか)、底が岩場になっていて水温が低い。それが大ナマズの好みなのだという。

 でも雨季になって水が増えると、大ナマズは諸国漫遊の旅に出る。ラオス、カンボジアから果てはベトナムのホーチミンまで行くというのだから、冗談ではなく、諸国漫遊なのだ。

 ではなぜ、通り道の一つでしかないナコンパノムだけが大ナマズ料理で知られるようになったのか。レックさん曰く、「それはベトナム戦争と関係がある」。

現地名は「プラーブック」。世界で最も重い淡水魚

 実は一九五〇年代までは、大ナマズはメコン川の「ピー(精霊)」として恐れられ、捕まえてはいけなかったという。ところが、ベトナム戦争が始まると、このナコンパノムに米軍基地が建設され、メコン川流域最大の町となった。米兵が大挙してやってきて彼ら相手のバーや娼館が大繁盛し、その頃から「ジャイアント・キャットフィッシュ(大ナマズ)」がここの名物になったそうだ。レックさんにも因果関係はわからないようだったが、米軍の到来によりおそらく現地の人々の価値観が変わり、大ナマズの精霊の祟りより米兵相手の商売を気にするようになったのではないか。

 もっとも大ナマズに対する畏敬の念は消滅したわけでなく、私が訪れた当時でも、チェンライやチェンコンといった北部の町では大ナマズの漁に出かけるときには「ピーを鎮める儀式」を行うとのことだった。

 しかし残念ながら時代は変わったとレックさんは嘆く。「昔は体長三メートル、体重百五十キロという巨大ナマズがうじゃうじゃいたんだよ。今じゃ一メートル半の小物がせいぜいだ」

 数も減った。タイ政府は大ナマズを捕ったら必ず役所に届け出るように義務づけている。オスだったら精子を、メスなら卵巣を取り出し、人工授精させるという、日本でサケを対象に行っているのと同じ事をしているらしい。ただ、日本ではサケの稚魚を川に放流するが、こちらではダムや貯水池に放すという。たぶん、せっかくの稚魚が成長後に諸国漫遊の旅に出られては困るからだろう。

 このような事情で、今、大ナマズは定期的に市場に入ってこない。ときおり漁師の網にかかると、彼らの馴染みの飲食店に入荷する仕組みだという。

これでも“小物”というメコンオオナマズ

 これじゃ大ナマズ、食えないじゃんとガッカリしたが、ただ調理法だけでも訊こうと大ナマズ料理を売りにしたレストランを訪れたところ、目を瞠(みは)った。店の若い男が二人がかりで大ナマズを店に引きずり込んで来るところだったのだ。(以下、次号)

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