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池上彰×元国連WFPの凄腕リーダー対談#1「北朝鮮から本音を引き出す交渉術とは?」

国連WFPの凄腕局長が明かす修羅場のリーダーシップ

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国連がなぜ北朝鮮を支援するのか?

池上 指導者の暴挙ばかりが報道されて、北朝鮮の普通の人々の暮らしぶりは、あまり知られていません。まだ食糧支援が必要な状況なのですか?

忍足 小さい子どもと妊娠している女性や授乳中の母親のための「栄養支援プロジェクト」は続いています。2歳未満の子どもの栄養状態が悪いと、その後どんなにいいものを食べても発育が阻害されてしまうんです。そうした事態を放っておくと、身体だけでなく知能の発達にも悪影響を及ぼし、将来、国を支える世代全体に問題が生じる。必ず近隣諸国にも影響があるはずです。それを避けるためにも支援をやめるべきではないという方針のもとに、毎年、保育園、幼稚園、小学校、孤児院、病院などの視察をしてきました。赤ちゃんを育てている一般家庭の中にも視察に入っています。WFPのポリシーとして、そうしたモニタリングのできないところで支援はしないので、北朝鮮側もいやいや門戸を開いたというかんじですね。

池上 最後に行かれた2014年の時点では、だいぶ社会も豊かになっていたのではないですか?

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忍足 2013年に平壌で撮影された写真があります。オープンカフェで一般市民がお茶を飲んだり……という光景が見られるようになりました。手前の外国人たちはWFPのスタッフです。

2013年、平壌のオープンカフェでくつろぐWFPのスタッフたち。©WFP/Kenro Oshidari

 国外にはつながりませんが、携帯もある。政府の政策が成功しているというよりも、ブラックマーケットの発達や、政府公認の市場も出てきて、ある種の自由経済が導入されたからなんだと思います。平壌のスーパーに行くと、東南アジア経由で入った日本の会社の食品がずらっと並んでいる。また、地方のフリーマーケットでは、庭で採れたスイカや釣れた魚など、売れそうなものは何でも持ち込んで売っています。中国製のお菓子や化粧品などもたくさんあります。サバイバルのために自由経済ができ上がっていったかんじです。

池上 たしかに口を開けて配給を待っているだけでなく、自助努力しなければ生きていけない。国民にもちょっと意欲が湧きますよね。私が2回目に訪れた2010年は、すでに中国経済圏に組み込まれている印象でした。そこらじゅう中国人観光客ばかりで、莫大な「人民元」が落とされていました。

忍足 平壌のホテルの中には中国系のカジノもありましたよ。

池上 そうそう、私たちにアテンドしてくれた案内人も「中国人はギャンブルをやりに来ている」と言って怒っていました。