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【日本ハム】谷元圭介はこれからもずっと僕の誇りだ

文春野球コラム ペナントレース2017

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頼りになるピッチャー、谷元圭介

 栗山英樹監督が腕組みをしてダグアウトを出る。うつむいて自分の選択を噛みしめる風情だ。球審の丹波幸一さんに選手交代を告げる。抑えのマーティン(左足首痛再発)は既に帰国している。この日本シリーズはリリーフの起用法がカギだった。第6戦、マツダスタジアム、9回裏、スコアは10対4だ。あと1イニング締めくくれば長かった2016年シーズンが終わる。

 胴上げ投手である。それはファイターズの野球を完結させる役割だ。もちろんカープファンはそこからの逆転劇を夢見ている。TVカメラがベンチ奥に入っていた。階段を上がって姿を現したのは背番号48だ。身長167cmの小さな背中。谷元圭介が飛び出していく。当たり前だ。いちばん頼りになるピッチャーだ。

 小走りだった谷元はラインを跨ぐとき歩調を緩めた。ボールを受け取って栄光のマウンドへゆっくり上る。傍らには捕手の市川友也。真っ赤に染まった球場の真ん中で谷元と市川は言葉を交わしている。もうここまで来ると確認事項はない。ただ心と心だ。

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 谷元はいつものようにマウンドをならし、歩幅で6歩測って穴を掘る。レギュラーシーズンの58試合登板で繰り返してきたことだ。勝っていても負けていても出番があった。誰が言うともなく「困ったときの谷元」という言葉が生まれた。継投策が失敗して、満塁のピンチになってからあわてて谷元に火消しを頼むケースもあった。ピンチの場面に強いのだ。もともと度胸はあるほうだが、困難な場面で問題をカッコで括るクレバーさも持ち合わせていた。例えば「どうせ僕が出したランナーじゃありませんし(笑)」と開き直れるのだ。前後裁断。あくまで打者との勝負というシンプルな主題に専心してきた。

昨季、58試合に登板した谷元圭介 ©文藝春秋

いつも打たれて強くなってきた

 先頭打者は8番、會澤翼。谷元はセットポジションから外角低目に外す。會澤は右打ちのイメージだ。2球目を打ってライトフライ。ライトの岡大海が難なくキャッチ。1アウト。ちなみに外野は左から西川遥輝、陽岱鋼、岡大海の最強布陣だ。陽岱鋼は前の回に代打で出場し、そのままセンターに入った。ただ僕はダイカンのセンチメンタルな状態がちょっと心配だった。目を潤ませている。球団と代理人の交渉がどうあれ、彼はチームを離れたくないのだ。

 次の打者は9番、大瀬良大地に代わってルーキーの西川龍馬。谷元はやはり初球、外角にボールになる変化球を投じ、様子を見た。2球目は低目の速球だ。これをライト前に見事に弾き返された。西川本人の心に一生残るナイスバッティング。これで1死一塁。谷元は帽子のひさしをいじる。ひさしはロージンで白く跡がついている。

 次は1番に返って田中広輔。ものすごく大事な打者だ。6点差で最終回あとアウト2つというなかれ。ここは敵地、マツダスタジアムだ。西川龍馬がこじ開けたわずかな突破口がどんなドラマにつながるかわかったもんじゃない。谷元の面白さはこの初球にあった。簡単に低目のストレートでストライクを取る。ランナーを出してむしろスイッチが入ったようだった。キレ抜群の浮き上がる球。で、2球目は同じところから落とした。田中は引っかけてファーストゴロ。中田翔がセカンドへ送球してフォースアウト。これで2死一塁。

 谷元はふうっと息をつく。中田翔が感極まった顔をしている。田中賢介が周囲に声をかける。中島卓也はいよいよだなと気を引き締める。ベンチでは大谷翔平が手を叩いて声を出している。谷口雄也が目をきらきらさせている。近藤健介は早く飛び出したくて仕方ない。あと1人。

 2番、菊池涼介。谷元の初球は変化球を外した。菊池は反応しない。待ちはまっすぐだ。2球目はど真ん中に変化球。菊池は反応しない。3球目は内懐にストレート。バックネットにファウルチップ。カウントは1ボール2ストライク。

 谷元はこの日本シリーズ、第3戦で安部友裕に同点タイムリーを喫し、第4戦では勝ち投手になっている。打たれた反省は力みすぎたことだ。谷元はいつも打たれて強くなってきた。そしてこの日本シリーズの経験からも多くを学んでいる。

 間を取って4球目。これは力が入って地面に叩きつけた。5球目、外角低目のストレート。菊池がカットで粘る。最高のシーンだ。一球ごとにスタンドがどよめく。谷元圭介の晴れ舞台だ。

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