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岩波書店で初の直木賞 担当編集者が明かす“奇跡”までの舞台裏

岩波書店 坂本政謙さん

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「結果を出せばだれも文句は言わない」社風

「岩波書店」の看板。漱石が揮毫した文字が使われている ©杉山秀樹/文藝春秋

―― 石油会社から、「文芸の編集者になりたい」と思って転職されたんでしょうか。

 そうですね。やっぱり、いちばんやりたかったのは小説ですね。自分が親しんできた作家の方々と仕事がしたいと思っていました。でも本を作れるんだったら、何でもよかった。岩波書店はそういう意味では自由な環境というか、やりたいことは企画が通ればやらせてもらえるし、結果を出せばだれも文句は言わない。本当は言いたいんでしょうけど(笑)。

―― 岩波書店の編集部は、どんなチーム編成なんですか?

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 新書や文庫はそれぞれ独立しています。「広辞苑」は辞典編集部の、その道のプロたちが作っています。まさに『舟を編む』の世界です。

 岩波書店の文系単行本の編集部は、いま3つあります。第1編集部は、人文学。哲学や思想、歴史ですね。第2編集部は社会科学が中心。第3編集部は、文学研究から文芸やエッセイ、ノンフィクション。そういう3つの枠組みですけれども、たとえば第1編集部に所属する編集者が小説を企画したいと言っても、それがダメということではないんです。第3編集部の編集会議に行って、企画提案をして通ればOKなんです。

佐藤正午さんも「広辞苑」を愛用。「辞書はよく引かれるようです」 ©杉山秀樹/文藝春秋

―― 小説やエッセイ以外に、坂本さんはこれまでどんな本を手がけられたんでしょうか。

 岩波書店は学術出版をメインにしていますので、学術書の編集・企画にも多く携わりました。哲学、思想から政治学系のものが中心です。翻訳もやりました。駆け出しの編集者時代、丸山眞男先生の『丸山眞男集』を手伝いました。生前の丸山眞男先生にもお会いして、ご自宅でご挨拶させていただいて。上の者に連れていかれて「今度先生の著作集はこの若いのが手伝いますので」と。丸山眞男先生から色々お話をお伺いしたこともありましたね。

©杉山秀樹/文藝春秋

―― 佐藤正午さんと坂本さんが出会われたのも、その時期ですか?

 そのあとですね。1999年の4月、初めて佐世保でお会いするお時間をちょうだいして書き下ろしの小説をお願いしたときの模様は、『きみは誤解している』収録の「解説」(小学館文庫)に詳しいのですが、

「長編を1つ書くのにだいたい1年かかると仮定して計算してみようか。4本書くのに4年、あいだにそれぞれ1年のインターバルを入れるとして、そうだな、5番目を書き出すのは、たぶん2007年か2008年ごろになるかな」

 そのとき、僕は「わかりました。お願いしてすぐ書いていただけるとは思っていませんでした。それにインターバルのあいだに短編を連載していただけるような文芸誌も、うちにはありませんから。仕方ないです。待ちます、何年でも」という風に応えたことを今でも憶えています。

 そのあとも正午さんは「お昼まだ何も食べてないんだよね」とおっしゃいながら、のんびりとナポリタンを召し上がっていました(笑)。