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84年前の甲子園熱闘レポート「延長実に25回 中京-明石戦」

84年前の甲子園熱闘レポート「延長実に25回 中京-明石戦」

大工が慌ててスコアボードを継ぎ足した

source : オール讀物 1933年10月号

genre : エンタメ, スポーツ, 社会

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 昭和8年8月19日、甲子園の準決勝で対戦した中京商業と明石中学は延長実に25回を戦い1-0で中京商が勝った。この試合を全国放送したJOBKの高野アナは「吉田投手も中田投手も全選手もヘトヘトです。最後の力、人間以上のエネルギーをしぼって戦っています。アンパイアも全観衆も、場内はすっかり精根尽き果ててクタクタです」としゃべっている。この試合を記念して、今も両校OBの交流が続いているようだ。

 なお、延長25回という試合は、現在に到るまで高校野球甲子園大会における最長記録である。

出典:「オール讀物」昭和8年10月号

熱戦25回!

 得点は0、0、又0の連続!

 両軍投手ともに25回の完投!

 何もかも、世界記録を破った、この中京商業対明石中学の試合は、去る8月19日午後1時10分から、大阪甲子園球場に於いて行われたのである。

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 この日、夜明から素敵に晴れ渡った空だ。準決勝とは言え、事実上の決勝戦。明石か? 中京か? この一戦を見ずして中等野球を語れるかとばかり、観衆は続々と球場めがけてつめかけた。前夜から、スタンド下に、毛布などを持ちこんで泊りこむ御定連だけでも物すごい位で、実にこの日の人出は、この全国中等学校野球大会始って以来の大観衆でその数2万を超えたと言われている。

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 この盛上る大観衆に取囲まれて戦う若き両雄、明日の優勝戦はどうでもあれ、この一戦こそ相手にとって不足のない試合、意地にも勝たねばならぬ。意気と熱と血の衝突だ、決死の色を漂わせて、相対するベンチを見れば今日のヒーロー吉田、中田両投手の眼、自信に満ちて明るく輝く。

 果然、試合は大接戦となった。観衆の肝を冷した9回の裏が終って、何時果つべしと思えぬ延長戦は、焼けつく真夏の太陽の下、息づまる緊張裡に続けられる。冴えた両投手の腕にバタバタ進んで、15回、16回、遥か中堅後方の、16回迄を記録出来るスコアボールドも、足りなくなって来た。大工が慌ててそれをつぎ足す。それを追っかけて、0の字の列が延びて行く。ユーモラスな光景、そして、それも感ぜぬまでに、満場は次第に不気味な静寂に沈んで行った。

 一投一捕、興奮も、感激も、陶酔も、すべてを通り越して魅する様な緊張の空気のみ重苦しく場内を圧する。中継放送のアナウンサーばかり、数時間の饒舌に舌を硬ばらせながらも、狂気のように状景を放送しているのだ。

「両軍の投手も選手も、クタクタになっています。が、最後の力、人間以上のエネルギーを搾って戦って居ります。アンパイアも2万の観衆も、場内はスッカリ精も根も尽き果ててヘトヘトになって居ります……」

 しかも、そのアナウンサーも、いたましき限りの奮闘だ。急造のスコアボールドでは、回数を記す字もなく、無造作に書かれた0の羅列に

「多分、只今は23回の裏と存じますが……」

 と放送する程の疲れ方……。

 遂に、25回の裏、中京は好機を摑んで無死満塁、そして1番打者大野木の一打によりこの歴史的大試合を閉じるサイレンが鳴り響いたのである。この瞬間、観衆も、選手も、暫らくは呆然として立ちつくすより他なかった。やがてスタンドの一隅から、目が覚めた様に歓声が上ると、それにつけて、始めて全観衆が狂った様に、ただウオーウオーと叫んで帽子を投げる、座蒲団を放り出す――嵐の如き光景を現出した。その中を両軍選手は喜びも悲しみもなく、ただ涙、涙の中にグラウンドを引き上げて行ったのであった。