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笑福亭鶴瓶が語る「テレビと家族」#2 変な間って、すごく大事ですよ

作らない笑いだからオモロイ

source : 文藝春秋 2016年5月号

genre : エンタメ, 芸能

大物と対等にわたりあう一方で、後輩にはボロクソにイジられる――そんな国民的芸人の足跡を『笑福亭鶴瓶論』で論じ尽くした、テレビっ子ライター・てれびのスキマさん。そこで、スキマさんによるNHK『鶴瓶の家族に乾杯』密着インタビュー(『文藝春秋』2016年5月号)を「文春オンライン」でも一挙公開します!(#1より続く)

四軒長屋育ち。台風の日にみんながうちの家に逃げてくる

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 鶴瓶は長屋で生まれ育った。幼い頃から近所の人たちに「ええ天気ですね」などと大人のように話しかけていた。近所の人たちも鶴瓶の家によく集まったという。思えば『家族に乾杯』はそんな鶴瓶の家族や子供時代の原体験が反映された番組ではないだろうか。

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アフロ時代の鶴瓶 ©文藝春秋

鶴瓶 うちの家が四軒長屋で、台風の日は柱一緒やのにみんながうちの家に逃げてくるのが、僕もずっと不思議やった。同じ柱で倒れる時は同じなのに、なんでうちの家やねん、と思ってたんですけど、それだけオモロイ家やったんでしょうね。長屋ってやっぱり人の集まりですから、いろんなドラマが生まれるんですよ。

 もう昔の話やからいいやろと思うから言いますけど、うちの父親もすごく面倒見のいい人で、近所の姉ちゃんが新婚旅行の帰りに夫を置いて別の男とどこかへ逃げよったんですよね。それを探しに行くいうて、親父がそこの旦那と行ってんねんけど、僕は子供心に「オモロイことなったな」と(笑)。ちょっとスケベじゃないですか。その姉ちゃん、誰と逃げよったんやと。そんな事件がよう起きるんですよ。ほんで連れて帰ってきてね。また、その姉ちゃんがキレイなんですよ。子供だったけど「ああ、そうか」と分かった。みんなカーッとなって怒ってんねんけどね。長屋ってやっぱりそういう面ではオモロイんですよ。一番端に住んでたおっちゃんなんか、ずっと英語でしゃべりかける人でね。突然、「インザスカーイ!」とか言わはんねん。頭おかしい。グフフ……。あれ、可笑しい長屋でしたね。そういうところで育ってるから、落語家としてはピッタリでしょうね。いろんな事件ありましたから。

 うちは姉が3人おったから、風呂覗きにくる人とかいてるんですよ。誰が覗いとんねんって。めっちゃオモロイやんか。うちも貧乏でしたけど、もっと貧乏なところがあるんですよ。トタンの家があるんですね。裏の壁がトタンなんですよ。ブーフーウーみたいな家やねん。台風になるとそれがみんな飛ぶんですよ。ワーッて。そうすると、飛んでったものを拾い集めて家が大きなった(笑)。台風で一つ部屋増えたんちゃうかと(笑)。そんなことあるんですよ。そんなとこ住んでたんよ。

「家族に乾杯」の収録に臨む ©深野未季/文藝春秋

ムチャクチャな人ですよ、うちの兄貴

 あるとき、うちの裏が路地になってて、そこへ泥棒が逃げ込んだんです。で、僕は小さい子供やから、隠れて真っ暗なところを見てるわけですよ。みんな怖くて、よう行かれへんねん。相手がナイフとか持ってるかどうかも分からへんから。で、僕がジーッと見てたら、うちの兄貴、ちょっとおかしいんですよ。12歳離れてるんですけど。僕が10歳ぐらいやったから、当時22歳ぐらいでしょうね。兄貴がバーッと路地に入っていって、そいつの手を掴むんですよ。そしたら僕の目の前に泥棒の手が出たんよ。ごっつい怖かったわ。なのに兄貴、平気やねんもん。大人が怖がってるのに入っていって、「おまえ、何してんねん」言うて引っ張りだしたんですよ。えらい兄貴やで。ある年の年賀状に、「これからはミキちゃんと幸せに暮らしていきます」って書いてあんねん。誰やねん、ミキちゃんって。スナックのママやって(笑)。電話したらいつもミキちゃん出はるわ。ふふ。ムチャクチャな人ですよ。今回最後に出たケンゴさんみたい。そういう人たちが周りにたくさんいた。だから、子供の頃の体験とか記憶が自分の中にすごく根付いてるんじゃないですか。