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又吉直樹インタビュー「芥川賞の選評が僕の物差しだった」 #2

憧れの作家たちの背中を一人で追い続けた日々

source : 文藝春秋 2015年9月号

genre : エンタメ, 読書, 芸能

#1より続く)

怒られるのが憂鬱で

©文藝春秋

――初めて書いた小説が、読み続けてきた芥川賞の候補になった時はどんな思いでしたか。

又吉 もちろん自分にとっては特別な賞だから候補になるのは嬉しいですし、ずっと好きな作家さんでもある選考委員の先生方に読んでいただけることは楽しみでしたが、候補になったら厳しい指摘もあるやろうし、怒られるだろうから怖いなあと感じていました。いつも芥川賞を発表する「月刊文藝春秋」を読むのが好きで、古井さんが選考委員をなさっていた時から楽しみにしていました。それからみなさんの選評を読むのですが、これが毎回むちゃくちゃ厳しい(笑)。人間って、好きな人に怒られると傷つくじゃないですか。だから候補になってからは、「どんな怒られ方すんのやろ」と憂鬱で……。正直、受賞は難しいと思っていましたが、書いたからにはきちんと批評を受けて、次に生かそうという気持ちでした。

――受賞された後、選考委員の方とはどんなお話をされましたか。

又吉 「間違いなくあなたは1回落ちるけど、そこから上がってくるのを楽しみにしているから」と言っていただきました(笑)。あとは、次回作のテーマも芸人にするのか、それとも別なのか、ということも聞かれましたね。

――芸人について書くことは最初に決めていたのでしょうか。

又吉 誰かと誰かの関係性について書こうと考えていて、はじめは親友や同級生のような、同じ土地で同じ時間を過ごし、そのあとで道が分かれて久しぶりに会うとなんだかちょっとズレてたりするけど、でもやっぱり友達、ということについて書こうとしましたが、難しかった。取材として「お前俺のことどう思ってる?」と尋ねようと友達をご飯に誘うんですが、照れもあってヘラヘラして終わってしまいました(笑)。それで、自分の周りの芸人という世界に目が向かいました。

 改めて考えてみると、この世界の先輩後輩という関係性も独特です。僕は後輩2人と同居しているのですが、一人は父親が大学教授で、地元の優良児童だったようなやつだし、もう一人はヒップホップのグループで活動していたようなやつで、そこに僕が加わる。普通に就職して生活していたら、きっと出会わなかった3人です。でも芸人の世界は誰でも目指していい広い場所で、楽屋に行ってみると暴走族の元総長がいれば、東大出身者や医師免許を持ったやつもおる。それぞれの環境がどれだけ違っても、先輩と後輩という関係性は存在していて、これはなんだかおもしろいなあ、と思ったのがきっかけです。

“ピース”サイン ©文藝春秋

――部活の先輩後輩関係とは違うのですね。

又吉 やっぱりちょっと違いますね。芸人は表面的にはみんなずーっとアホなんですけど、たとえば1、2年目の若手が4、50人集まって騒いでいる時に、ふと「10年後はこん中の1組が残っていたらいい方かな」なんて僕は考えてしまうんです。一緒の仕事をしていても、今後は誰がメシを食っていけるかわからないという、そこはかとない哀愁が常に漂っています。それに比べて部活の場合は、短期間で同じゴールを共に目指すという、一瞬の美しさのようなものがあると思います。

――主人公の後輩芸人徳永は、又吉さん自身がモデルですか?

又吉 いえ、自分のことを書こうと思うと書けないことがたくさん出てくるので、自分とは違う人物を徳永と神谷という主人公2人に託して書いたつもりです。ただ、誰もがチンピラみたいに汚い格好をして楽屋に集まり、ネタ見せが終わったら急いでバイトに行くような情景は、まさに僕が経験してきた芸人世界そのものです。

――徳永と神谷が一緒に時間を過ごす井の頭公園や中央線界隈などの情景描写は、目に浮かんでくるようです。

又吉 舞台になっている町には、何回も足を運びました。散歩をしているときなど、感情を風景で記憶することが多いので、「火花」でもそんな情景描写をしてみたかった。小説とはそういうもんやとも思っていたし、これでも少なくしたつもりだったのですが、いろいろな方に「風景の描写が多い」と指摘されました(笑)。