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文春アーカイブス 色あせない100年分の人間ドラマを読む

堀江 謙一
2017/08/15

55年前のヨット単独航海「太平洋横断ひとりぼっち」#3

逮捕も覚悟した命懸けの冒険譚

source : 文藝春秋 1962年11月号

genre : エンタメ, スポーツ, 国際

#2から続く

フィニッシュするメドが立った

8月1日(水)=第83日

 きょうから8月。出発して足かけ四カ月だ。なにをモタモタしてる! さア、今月の前半が勝負である。

 だが、昨夜来のNの微風は、またもWにそれる。それでも、午後、2―3メートルの軽風が吹きだす。やっと、すべる。

 もう少し息の切れないのが、ひと吹きしてくれば、一気に乗ってフィニッシュできるのに……。いつまで、もたつかせるつもりか。夏とは、こんなものなのだろうか。〉

 必死だ。すごくガメツくなった。少しの風でも、シミったれて食いつく。しかし、この辺の風はケチだ。出し惜しみばかりする。まだ北風の区域に入っていないんだろうか?

 それでも、距離、天候、風などの条件が、なんとなくわかってきた。くわしく計算しなくても見当がつく。馴れだ。一応、15日までにフィニッシュするメドが立った。

©文藝春秋

8月2日(木)=第84日

 Wの軽風は順風となる。(風の強さは、弱いほうから、無風―微風―軽風―順風―強風―烈風)

 長らくごぶさたしていた快走がはじまる。いつものカンカン虫がないかわり、スモッグが出てジメジメする。気持が悪い。天気がよければ、やけに暑いし、どっちみち、ええところなしや。〉

 ときどき、Nから微風がくる。やれ、うれしやとおもうと、すぐにWに変わる。ドンデンがえしのくりかえしだ。

 こんどこそ、本式のNか? すると、またシフトしてしまう。いつまでたっても、一時的の北風にしか会えない。この情なさ、なんともいえない。ふとい気持で、デンとかまえていればいいのだろう。そうはおもうけれど、やっぱりダメだ。

 海へ飛びこみたくなる。スターンから飛ぶときに、ウンと強くキックすれば、その反動でボートはいくらか進む。それから、泳ぎながら押してやろうか。本気で考える。ほんまに、やったろかいな。大まじめなのである。

 デッキを、前からうしろに歩いてもいい。それだけでも、船はリアクションで前にのめる。太平洋のまんなかだ。なにをやったってだれも見てやしない。やるか。やっとのことで、おもいとどまる。やっぱり、みっともない。

流木を5回も見た

8月9日(木)=第91日

 きのうからの西風が北に変わる。1―2ノットで走る。

 流木を5回も見た。スズメのような小鳥が、10羽ぐらい一群になって、さえずりながら飛んでいるのにも、なん度か会う。

 陸が近いらしい。それにしては、一隻の船も見かけないのは、どうもおかしい。スモッグ濃し。天測できず。〉

 流木といっても、丸太ン棒ではなかった。材木の切れっぱしや、ミカン箱のこわれたヤツ、それに、ビニールを張ったタイルみたいなのもあった。みな、人工の産物だ。

 小鳥も、いままでまい日、顔を合わせてきたのとは、種類がまるでちがっている。太平洋のドまんなかでつきあった鳥は、ちっとも鳴かなかった。が、きょうの鳥は、かわいい声でチチッ、チッチとさえずる。

 なんとなく、海の色も変わってきた、ようである。これまでは、見るからに冷たそうな深い紺碧だった。それが、いくらかグリーンがかっている。水が黄ばむのは、陸が近い証拠だ。

 目を見張って、しきりに水の色を観察する。へたに楽観すると、あとでドンデンがえしを食って損をする。「気のせいや、気のせいや」と、自分にいいきかせる。「そうや、錯覚らしいな」と自答する。欲目を出してはいけない。

 しかし、どうしても、海水がグリーンがかって見える。それを押さえる。気イゆるめたら、アカンデエ。