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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/08/16

とんかつ特集で思い出す「とんかつ一代」のとんかつ賛歌――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 とんかつの四文字は黄金色に輝いている。

 とんかつ、とんかつ、とんかつ……繰り返していると口のなかが生ツバでいっぱいになってきて、こうなったら、もう気がすまないのがとんかつだ。とんかつに向かって突進すると、よしこい! どすこい! 両手を広げて受け止めてくれる度量の広さ。きつね色に染まったトゲトゲの衣に、ああ抱きしめられたい。

 五、六年前、正月早々の三日、阿佐ヶ谷の名画座に映画を観に行った。なぜ出かけたかというと、その日の上映が「喜劇 とんかつ一代」だったからだ。監督は川島雄三、主演は森繁久彌、一九六三年公開。とんかつ屋を舞台に繰り広げる人情喜劇で、ずっと見逃していた。お正月映画に「とんかつ一代」だなんて洒落たラインナップだなあとほくほくしながら駆けつけると、ロビーでばったりT書房の編集者Aさんと遭遇。Aさんとは浪曲の公演とか忘年会などで顔を合わせるけれど、なぜかそれ以上にうれしかったのは、とんかつの黄金効果だった気がする。

 全編ドタバタ、すっとこどっこいの呑気な映画で期待通り。森繁久彌は以前修業していたフランス料理店のコック長(加東大介!)の妹(淡島千景!)と駆け落ちして、上野のとんかつ屋「とん久」を営んでいる。三木のり平、池内淳子、団令子、山茶花究、フランキー堺、岡田真澄……ずらり揃った役者が、みんな好き勝手に演(や)っているところがたまらなく可笑しい。チョビ髭の若い森繁久彌は「とんかつが喰えなくなったら死んでしまいたい」が口ぐせなのだが、主題歌「とんかつの唄」(作詞 佐藤一郎、作曲 松井八郎)がまたひとを喰っている。

 冒頭、ぶっちぎります。

「とんかつの油のにじむ
 接吻をしようよ」

 でも、森繁久彌が歌うと納得してしまうから不思議。ミューズ淡島千景が隣にいるからだろうか。

 圧巻の三番。

♪とんかつが喰えなくなったら
 死んでしまいたい
 君といっしょに
 とんかつを喰い
 君といっしょに生きている
 どんと生きている
 たくましく
 とんかつを喰い
 二人で腕を組んで
 明日もあさっても
 君といっしょに生きようよ
 とんかつが喰えなくなったら
 死んでしまいたい
 死んでしまいたい

 正月に、すばらしきとんかつ讃歌。とんかつの四文字をほかの食べ物に置き換えても成立する歌詞だけれど、いやいやとんかつだからこそ「どんと生きている」「死んでしまいたい」がぴったりくる。やたらあとを引き、その年はなにかというと「♪とんかつが喰えなくなったら~」と口ずさんでいた。

 久しぶりに「とんかつ一代」を思い出したのは、「BRUTUS」八月十五日号「とんかつ好き。」を開いたからだ。あんなとんかつ、こんなとんかつ、白い皿に黄金色のとんかつ大行進。どんどん体温が上昇して異常事態に突入、危険きわまりない。

 そのなかに「とんかつの思い出」というページがあり、私が紹介したのは倉敷「かっぱ」の「名代とんてい」だ。デミグラスソースが海のようにたっぷりかかった、バリッと揚がった悶絶のとんかつ。明日もあさっても元気に生きるぞ! と駆け出したくなるとんかつだ。