昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

羽田圭介インタビュー「綿矢りささんにやるべきことを具現化されたと思った」#1

あの日受けた衝撃が、僕を純文学へと向かわせた

source : 文藝春秋 2015年9月号

genre : エンタメ, 読書

――4度目の候補での受賞でしたが、受賞記者会見では「予想外の高揚感」と表現されていました。

羽田 実際に受賞すると、突然世界が華やかに変わるわけではなく、全体像が見えないまま、何かいつもと違うことが起こっているという感じでした。会場のホテルで多くの方にお目にかかったり、携帯電話がずっと振動し続けて、いつもより早く電池がなくなってしまったり。そんなごく小さいことでしか、本人は変化を実感できないような気がします。

 無数の日常との違いに肉体が無意識のうちに反応しているのか、その日の夜はあまりよく寝られませんでした。一晩中枕元で携帯が震えていたというのもありますが(笑)。

©文藝春秋

――受賞作「スクラップ・アンド・ビルド」は、サラリーマンをやめて転職活動中の健斗と、3年前から同居している祖父との関係を、介護を軸に描いています。

羽田 作品の出発点は介護に対する問題意識ではなく、異なる世代が互いに抱く憎しみや無理解といった部分でした。健斗は決しておじいちゃん子ではないので、祖父は数年前に同居するようになったよくわからない存在です。そもそも、戦争を経験したこの世代のことが、健斗の世代には理解しづらい。テレビや雑誌からは、高度経済成長期を生きて来た人たちが、年金制度などで優遇されておいしい思いをしているという情報が流れている。健斗の世代はそんな情報を鵜呑みにして、自分が就職できなかったり結婚できなかったり、人生がうまくいかない理由を、老人世代のせいにしがちです。簡単に、憎しみを抱く対象にしてしまう。でも実際に同居して、憎い相手の顔が見える距離感になった時に健斗は何を思い、どういう行動をとるかという気持ちの揺れを、この2人の関係性を素材に描きたいと思いました。

――そういった、憎む相手との距離感についての問題意識は、以前から持っていたのでしょうか。

羽田 昨年ヨーロッパに1週間ほど旅をしたときに、現地で中国人や韓国人と間違われて腹を立てる日本人の姿を見ました。そこで日本人が外国で他国のアジア人を強く意識するのはなぜだろうと疑問が生まれてきたんです。

 もちろんこれはアジア特有ではなく、ヨーロッパでは国境を接する隣国同士がいがみ合い、悪口を言うという話も聞きます。しかし海に囲まれた日本は、国境が地続きではない。そのため、他者を排斥する極端な思想が発達しやすいという面が確かにある。もし顔を見て話し合う機会がもっと頻繁にあるなら、ここまで感情がエスカレートすることもないのでは、と思ったんです。

 例えば戦争でも、互いに刀を持って殺し合っていた白兵戦の時代に比べて、リモコン操作による空爆が主体になった現代は、相手の顔を見ることなく一瞬で何十人も、何百人も殺せてしまう。これも、距離感を広げることによって、攻撃しやすくなったいい例です。現代は、あえて相手の顔を見えないようにして、攻撃性を高めている時代だとも感じています。だからこそ改めて、自分と相容れない人の顔を直接見ることの必要性を感じるようになったし、小説のテーマとして取り上げたいと思いました。