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羽田圭介インタビュー「綿矢りささんにやるべきことを具現化されたと思った」#2

あの日受けた衝撃が、僕を純文学へと向かわせた

source : 文藝春秋 2015年9月号

genre : エンタメ, 読書

 (#1より続く)

――大学卒業後は、いったんサラリーマン生活をしていたとか。1年半で退職して専業作家生活を始めた理由はなんですか。

羽田 高校の頃から、外の世界を知らないまま専業作家になることに不安を抱いていたので、一度は就職してみようと思っていました。ところが実家を出て会社員生活を始めてみるとすっかり満足してしまい、小説を書かないどころか、本も読まなくなってしまった。その頃はまだまだ怖いもの知らずだったので「専業作家になってしまえば、また書くようになるだろう」と軽い気持ちで決めました。

物書きという職業の危うさ

――その後、作家を辞めて公務員試験を受験しようと考えた時期があるそうですね。

羽田 今から3、4年前くらいでしょうか、書き下ろしの原稿料なしで印税のみという仕事を連続して引き受けてしまったんです。しかも2冊とも長編で、完成させるのに時間も割いた。なんとか書き終えたものの、増刷もなく、気がついたら生活が苦しくなっていた。作家って、貧乏だと認識した時にはもう遅いんです。死ぬ気で百枚書いても、それが雑誌に掲載されるなり本になるなりしてお金が入るのは、最低でも2、3ヶ月は先。サラリーマンとは違う、物書きという職業の危うさを、そこで初めて実感しました。怖い職業だと思ったら、定期的に収入がある生活への憧れが生まれてしまったんです。

 たまたま身近にブラック企業を辞めて公務員になった友達がいたので、公務員試験について調べてみたら、年齢制限があり、僕はあと1、2回しかチャンスがないことがわかりました。慌てて専門学校についてインターネットで検索すると、お得なネット割引も見つかった。もう、申し込む寸前です。ただ、作家としてものを書き続けていきたいという気持ちも強くあったので、そういった兼業のスタイルが可能かどうかも友人に尋ねていました。友人から、作家として無収入ならあり得るけれど、収入を得ながら公務員として働くのは実質不可能だという答えを聞き、申し込む寸前で思いとどまりました。公務員か作家か、という2択を目の前にして、やっぱり作家により強く引っ張られたのでしょう。

 もしあそこで学費を払っていたらもったいなくて勉強していたかもしれないし、試験に合格したら、兼業できないなら仕方がないと公務員になっていた可能性も十分にあります。振り返ってみると、十数万円の学費をワンクリックで支払うかどうかのあの瞬間が、僕の人生の分岐点と言える気がします。

©文藝春秋

――とはいえ作家を続けるという決断は、経済的な苦しさと直面するという決断でもあったと思います。それでも書き続けようと決めたのはなぜですか。

羽田 それまでの僕には、自分で設定した「作家がやったら恥ずかしいこと」という項目がたくさんありました。例えば職業作家ならば、エッセイや書評、文庫の解説を量産するのではなく、書きたいテーマが湧いてくるまでじっと待っているべきだと考えていたんです。でも友人の作家たちを見ていると、細かな仕事も引き受けて原稿料を稼ぐことは、別に恥ずかしいことでもないし、自分もやっていいんだろうと自然と感じられるようになりました。邪魔をしていたのは、単に僕のプライドだったんです。

 そこから細かい仕事も引き受けて仕事量を一気に増やしましたし、それまでは純文学の文芸誌だけに絞っていたのもやめて、エンターテインメント雑誌にも書くようになりました。エンタメ雑誌は、文芸誌とはまた違ったルールがあるので刺激にもなりました。多くの仕事をこなすうちに、いつの間にか生活が軌道に乗っていましたね。