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山田 隆道
2017/08/11

【阪神】代打の神様か、レギュラー奪取か? かつてのドラフト1位・伊藤隼太の未来

文春野球コラム ペナントレース2017

 阪神・伊藤隼太の代打成功率がすごい。8月10日現在の代打成績は38打数13安打2本塁打、打率.342。去る8月6日のヤクルト戦では7回裏の1点ビハインドの場面で代打起用され、劇的な逆転3ランを放った。代打として、あれ以上の結果はないだろう。

 そんな隼太の活躍は、虎党の私にとって本当に感慨深い。多くの阪神ファンから下の名前で呼ばれる2011年のドラフト1位。今季で大卒6年目、早いもので28歳になった。慶應義塾大学時代は4番打者として活躍し、大学日本代表でも4番を任された左打ちのエリート外野手。入団時は慶大の先輩である高橋由伸タイプと評されたこともあった。背番号が51に決まったときは、在阪マスコミが「虎のイチロー」と書き立てたこともあった。とにかく、入団当初の伊藤隼太は将来の主砲としておおいに期待されていたのである。

2011年にドラフト1位で入団した伊藤隼太 ©文藝春秋

慶大卒のエリート選手が歩んできた苦難の5年間

 しかし、その期待に反して伊藤は1年目から苦しんだ。12年の開幕戦は当時の外野のレギュラーだったマット・マートンの故障によって、ルーキーながら8番ライトのスタメンに抜擢されたものの、わずか2試合ノーヒットに終わると、マートンの復帰もあって早くも一軍登録を抹消された。その後、地道な二軍修行を重ね、夏ごろに再び一軍に復帰するとプロ初安打を放ち、さらにプロ初本塁打を満塁弾で飾るなど、派手な活躍もあったのだが、トータルでは好成績を残せず、オフの契約更改ではいきなり減額となった。

 二年目以降も苦難の道は続いた。毎年のように期待され、要所で派手な活躍をしたこともあった。15年にはMLBから日本球界に復帰したばかりの黒田博樹(当時、広島)からホームランを放ったり、同じく広島・前田健太には強かったり、いわゆる大物打ちの片鱗も見せた。しかし、故障や外野守備の問題、さらには当時の一軍首脳陣の起用傾向などもあって、なかなかスタメン出場が継続せず、レギュラーはつかめなかった。

 そして昨季、伊藤は早くもプロ5年目を迎えていた。阪神は新たに就任した金本知憲監督のもと、大胆な若返り策を断行。その代表格の一人はかつての伊藤と同じく東京六大学の明治大学からドラフト1位で入団した左の外野手・高山俊で、しかも彼はいきなり新人王に輝いた。一方の伊藤は故障もあってわずか29試合の出場に留まり、さらにタイミングの悪いことに週刊誌に女性問題をすっぱ抜かれるというスキャンダルにも見舞われた。

 脇の甘さか運の悪さか、それとも単に実力不足だったのか、とにかく伊藤の影は一気に薄くなり、プロ6年目の今季は春季キャンプからオープン戦、そして開幕戦も二軍で迎えた。かつてのドラフト1位も今や旬を過ぎた窓際の中堅選手、それが最近の印象だった。