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小説は特別なものだし、絶対にいいものでなければならないと思っています――中村文則(2)

話題の作家に瀧井朝世さんが90分間みっちりインタビュー 「作家と90分」

2016/07/31

genre : エンタメ, 読書

note

読者からの質問「中村さんの考える『良書・悪書』はどのような書物のことですか」(20代女性)

●私が生まれなければ両親はもっと自由に生きることができたのだと考えると、必要なかった私がなぜ私を生きなければならないのだろう、と、すべてがどうでもよくなってしまいます。どうでもよくなった時はどうしていますか。(10代女性)

中村 親は関係ないですよ。僕には『何もかも憂鬱な夜に』という小説がありますが、そこに出てくる言葉がいいんじゃないかな。命というのは続いているもので、親はその間にあるひとつのDNAに過ぎないんです。もっと前、アメーバの時から命は繋がっていて、その頃からの流れが全部このあなたのためだけにあったと考えていい。なので、自分の好きなように生きればいいんです。あなたはもう世界にいて、いた時点でもう親は関係ないです。

 10代なのでできるか分かりませんが、親から精神的に離れたい時は、場所的にも離れて暮らすことをお勧めします。それと、親というのは子供に依存してきますが、そこに乗る必要はないですよ。

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●どうやってオンとオフを切り替えているのですか?(30代女性)

中村 僕はオンオフの切り替えがないですね。どうしても小説のことを考えてしまいます。散歩している時もオンだけれどもちょっと気持ちは楽ですね。あとオフに近いのは野球を観ている時と、性的な妄想をしている時です(笑)。

 

●生きていてよかったと思えた瞬間はありますか?(20代女性)

中村 性的な妄想……ではなくて(笑)、僕はもともと世の中があまり好きじゃなくて、なのに世の中に対して小説を発表するという矛盾を抱えているのですが、でも小説を発表した時、「分かる」と言ってくれる人がたくさんいた。自分と近いような内面の人がたくさんいるんだ、受け入れられたんだと思えましたね。あの瞬間ですかね。つまり、デビューした時。

 あとは最初に太宰治を読んだ時とか、最初にドストエフスキーを読んだ時にも思いましたね。こういうものが世の中にあるなら、自分も生きていていいな、と思いました。この世界も悪くないなと。

●数ある太宰治の小説のなかで一番好きなもの、そして印象深いものは何ですか? 私は「待つ」が一番好きで「トカトントン」が一番印象深いです。そして、もし玉川上水に入水しようとしている太宰の前にタイムスリップしたとしたら、どんなアクションをされますか?(40代女性)

中村 「待つ」も「トカトントン」もいいですよね。そうですね……最初に読んだもののインパクトが一番強いので、僕の場合は好きな小説も印象深い小説も『人間失格』になりますかね。

 タイムスリップしたら、まず名乗ります。「未来から来ました」と言って。それで今どれだけ現世で太宰が受け入れられているかを説明し、でも歴史を変えることはできないので、「ちょっと入水したフリをして、遺体が見つからなかったことにしてどこかで隠れて生きていてください」と言うかな。「あなたの小説が読みたいので、ペンネームを変えて発表してください」と。

●どういう時に小説のネタとして使えそうなヒントを得ますか?(20代男性)

中村 ネタが浮かぶのももう自然なので。人生の中でありとあらゆることが小説を書くきっかけになると思いますよ。

●ショーペンハウアーの『読書について』に「良書を読む条件は、悪書を読まぬことである」とありますが、中村さんの考える「良書・悪書」はどのような書物のことですか。(20代女性)

中村 難しいな。良書というのは、その作家が本気で書いているもの。悪書というのは、作家がとりあえず出した本と思いますね。読めばわかりますよ。