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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #3 Blue(前篇)

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

 事件はいつも、ノートの上で起きる。

 嫌いな人間を殺す絵ばかりを描くためのノート。そのノートの表紙は、大量の『卍』で、埋め尽くされている。

 誰かに見られたら、異常者だと思われる。だから、描いた後はいつも、絵の上から大量の『卍』を描いて、黒く塗り潰していく。そんな決まりがあった。

 だから、そのノートはいつも、全てのページが黒く塗りつぶされた状態だった。

 その日もいつものように、母の新作の死体の絵を描いた後、大量の卍で塗り潰していた時に、後ろに気配を感じた。振り返ると、美術の先生が僕の絵を覗き込んでいた。

 僕は、慌ててノートを閉じた。ヤバい! 死体の絵を見られた! 怒られると思って、体を硬くした。

 しかし、先生はこう言って去っていった。「美術部というものがある。一度、見に来たらいい」

 美術の先生の顔は、フランケンシュタインの怪物に似ている。だから、陰で生徒からフランケンと呼ばれていた。

 フランケンは、大人なのによく絵本を読む。楽しそうに絵本を読む大人を、僕はその時、初めて見た。

 校舎の入り口の壁一面には、美術部の奴らの絵が飾られている。どいつもこいつもアニメのキャラクターの絵を、そのまま描いているだけだった。

 美術部は変人の集まりだと聞いた事がある。でも、その絵を見て、どこが変やねん? 何の個性も無い、普通の奴らの集まりやんけと思った。

 オレなら、ここにどんな絵を描く? そう自分に問いかけた。頭に浮かんだ絵を、授業中に描いていると、

「何、描いてんの!?」

と、担任教師に見つかった。

 僕から取り上げたノートに描かれた絵を見て、みるみる顔色が変わる。瞬時に担任教師の中で、人間の仕分け作業が行われる。

 少年犯罪を犯す奴は、たいてい気持ち悪い絵を描いているという偏見に基づいて、僕がその予備軍のカテゴリーの中に入れられた瞬間だった。

「あとで職員室に取りに来なさい」

 授業中にケータイをこそこそいじって、没収される奴の方がまだいい。理解できるからだ。

 でも、授業中にこんな絵を描く人間は理解できない。そう担任教師の顔には描いてあった。

 その様子を見て、嘲笑を浮かべたクラスの女子の歯には、歯列矯正器がつけてある。

 担任教師は、人間そのものを、いつも矯正しようとしてくる。

 あんたが理解できないものは、全部悪なのか?

 あんたが理解できないものは、この世に存在しちゃいけないのか?

 職員室に没収されたノートを取りに行ったのに、担任教師は居なかった。ノートを探したら、何故かフランケンが僕のノートを眺めていた。

「これは、君が描いたのか?」

 フランケンは、人間と牛が交尾している絵を開いて言った。

「……はい」

 まるで、裸を見られているような気分だった。死体の絵の次は、こんな絵だ。僕は、今度こそ怒られるんじゃないかと思って、硬直した。

 しかし、フランケンはこう言った。「このままでいい。人の目は意識するな。もっと大胆に、好きな物を描きなさい」

 担任教師とは明らかに反応が違った。なんで同じ大人やのに、同じ教師っていう職業やのに、こんなにも中身が違うんやろ?

「大人になった時、どっちのような大人になりたい?」

 聞かれたら、僕は、フランケンのような大人になりたいと答えただろう。

「しかし、死体の絵が多いなー。……これは、誰なん?」

 フランケンが開いたページには、ワゴン車に乗って現れた新作の死体の絵が描いてあった。