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連載オカンといっしょ

オカンといっしょ #3 Blue(後篇)

ツチヤタカユキの連載小説

genre : エンタメ, 読書

 その帰りも、廊下で門番とすれ違う。

 門番は僕と同じ年なのに、体が一回り以上も大きい。僕が家庭用ならば、門番は業務用サイズのようだ。

 すれ違う時、肩に一発パンチされる。いつもの事だ。

 イケていない奴は門番と廊下ですれ違うと、肩にパンチをされるか腹をどつかれる。それが、自然の摂理だった。

 もしも、人間を一発殴るたびにホクロが一つずつ増えていくという仕組みだとしたなら、今頃、こいつは巨大な黒いカタマリになっている。

 コンタクトをした今なら、門番がどんな顔をしているか、はっきりと見える。
顔の骨格はゴリラのものをそのままリサイクルして、その上に人間の顔の皮膚をかぶせたみたいな顔だった。

 殴り返したら、僕はどうなるんだろう? いつものように黙って通り過ぎて行くと門番は思っている。いくら殴っても誰もやり返してくるはずがないと、安心しきっている。

 母と門番のアパートに行く。中から眼帯を付けた門番が出て来る。

 もう少し大きくなったら、この家の中から出られなくなるぞと思うくらい、実家にいる門番は巨体に見えた。母はその姿を見て唖然としながらも、エッグタルトを門番に手渡す。 

 なんで、エッグタルトやねんと思った。

 帰り道、開口一番に母はこう言った。「あの子、本当に中学生?」

「せやで。あいつだけ、業務用サイズやねん」

「業務用?」

「あのまま成長していったら、二十歳になる頃には、あいつの体、校舎よりもデカなるで」

 すると、母はピシャリと言った。「ふざけな! ちゃんと反省してんの?」

「何を反省したらええねん?」

「人にケガを負わせたらアカン」

 いつも首から、ヒモでぶら下げていた家のカギ。外国のギャング映画を見た時、黒人が首からブリンブリンをぶら下げているのを見て、それからはこう思うようにした。

 母子家庭のガキが首からぶら下げる家のカギは、乗り越えた人間が一番最初に付けるブリンブリンだ。

 いつものように門番に肩をパンチされた直後、そのブリンブリンを外して、瞬時にヒモを拳に巻きつける。

 人差し指と中指の間にカギをメリケンサックのように挟んで、切っ先を外側に向ける。

 スズメバチの毒針が拳の先から生えて来たかのような感覚。その毒針を、振り返りざま門番の顔面に思いっきり突き刺す。

 廊下に血が飛び散って、目撃していた女子の悲鳴が上がる。
いつかノートに描いた門番の死体の絵。その絵のように顔面を抑えながら崩れ落ちていく門番。

 僕の目の前に広がるその光景を、大量の卍が埋め尽くしていく。視界が少しずつ真っ暗になって行く。担任教師の声だけが聞こえる。

 生態系を壊すような真似をしいな。

 門番に殴られながら生きていく。それで上手く三年間回ってきたのに、なんで今頃になって問題を起こすん? もうちょっとで卒業なんやから耐えるべきやったと、担任教師は僕に面倒くさそうに言った。

 少しずつ視界が戻って来た。僕は職員室の中に居た。

 フランケンが職員室の出口付近の席に居るのが見えた。美術部を辞めてから久しぶりにフランケンの姿を見る。気まずくて、僕は顔を伏せた。

 門番を病院送りにして職員室におるオレを、どんな風に思ってんねやろう?

「だいたい、あんな気持ち悪い絵ばっか描いてるから、頭おかしなるねん」

 やっぱり問題を起こしたか。担任教師の口ぶりからは、そんなニュアンスが感じ取れた。絵と今回の事件は、一体、何の関連性があるんだ?

「あんな気持ち悪い絵ばっか描いてんと……」

 まだ続くのか。そのこじ付け。

今まで何発も殴られて来たから、一発やり返しただけだ。だけど、学校の倫理では、悪いのは病院送りにした方になる。ただそれだけの事だ。

 絵は何の関連性も無い。何かにこじ付けないと、気が済まないのか?

「頭おかしい」

 担任教師の口から、何度も放たれたその言葉。

 異常な生徒の体からは、放射能が出ていて、担任教師はそれを計測する線量計。マイクロシーベルトが高すぎる生徒に、近づきすぎると被曝する。

 だから、あの絵の一件があって以来、誰も僕には近づいて来ない。
気づいたら、心の中に、巨大な爆心地が広がっていた。

 でも、そこに爆弾が投下されたのはいつだ?

 担任教師の説教が終わる。

 フランケンの顔を見ないように職員室を出ようとした時、フランケンがぼそりとつぶやいた。

「その手は、人を殴るためにあるのか?」

 僕の中にあるこの爆心地は、デカイ一発によって出来たんじゃない。ずっと小さな原爆が、雨のように降っている。

 今も、土砂降りの爆撃に遭い続けていて、この瞬間だって僕のマイクロシーベルトは、上昇している。

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