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石井 妙子
2017/08/21

男たちが見た小池百合子という女 #3

与えられた役を演じている「女優」

 小池百合子とは何者なのか。

 カイロ大留学を経て、キャスターとして颯爽とテレビ画面にデビュー。1992年には新党旋風の中で政界入りを果たす。その後、いくつかの政党を渡り歩くが、彼女の周囲には、細川護煕、小沢一郎、小泉純一郎ら、常に権力者の姿があった。

「男たち」の証言から、女性初の都知事の素顔に迫る。

#2から続く

 

出典:「文藝春秋」2017年8月号(全3回)

(文中一部敬称略)

女性たちからの支持

 その後、彼女の自己顕示欲が人事で解消されることはなかった。民主党に政権が移ると「自民党が天下を取るまで願掛けをし髪を切らない」と宣言し、自ら「臥薪嘗胆ヘア」と言い、マスコミに長髪となった理由を説明してみせた。

 かつては宣伝、広報に抜群の能力を発揮し重用されたが、目立ちたいという欲が空回りし始めた印象を受ける。3年後の12年、自民党に政権が戻ると今度は「断髪式」をすると言い出した。本人は国技館を借りようと思ったらしいが、それは叶わず都内のホテルで議員を中心にした知人たちにハサミを入れさせ、やはりマスコミに取材させている。

 本人は楽しんでいたのかもしれないが、少し痛々しさを感じる。こうした自己アピールも報われず、党内の「花」の役割は年若い稲田朋美や丸川珠代へと移っていった。

 見栄えのする女性である、という彼女の専売特許はもはや彼女だけのものではなくなっていたのである。

 だが、年齢が増していくのと引き換えに、得たものもあった。それは女性たちからの支持である。男社会の中で優遇されている女性というキャラクターから、男社会の中で孤軍奮闘してきた女性へと彼女は巧みに変貌を遂げたのだ。

 男性権力者から地位を与えられないのならば、自分で掴みにいけばいい。永田町は議院内閣制であるので、トップにはなかなか立てないが首長選は直接選挙である。大衆の心を掴めば一気にトップに立てる。そうした判断から昨夏の都知事選への出馬を思い立ったのだろう。

「百合子グリーン」に身を包んで選挙戦に臨んだ ©文藝春秋

 石原慎太郎の「大年増の厚化粧」といった発言は、彼女にとって絶好の追い風となる。男性に嫉妬されいじめられながらも男性社会の不正を正そうと奮闘していると有権者の眼には映った。ミニスカートとハイヒールで選挙戦を戦った小池はパンツスーツに鉢巻という、彼女がかつて「オバサン臭くて嫌」と嫌悪した選挙スタイルに身を包み、どろ臭さを見せて、女性有権者の心を掴んだ。

ただひとり応援に駆けつけた若狭衆院議員 ©文藝春秋

 この時、自民党からの除名処分を覚悟で小池の応援に駆け付けたのは若狭勝、ただひとりだった。元検事で東京地検特捜部副部長も務め、弁護士を経て14年、自民党公認で出馬し衆議院議員となった。小池とは13年の初出馬の際、選挙の応援演説をしてもらってからの縁だという。若狭は小池を擁護する。

「僕は特捜部にいて、政治家の汚職をずっと見てきた。これまでの日本の政治は『しがらみ政治』。利権構造で透明性の確保や情報公開には消極的、税金へのコスト意識も低い。この『しがらみ政治』をどうにかしなくては、政治の劣化は止まらない。小池さんは、そういったものと戦っている。自民党都連は『しがらみ政治』をしてきたから、小池さんを受け入れようとしないんです。

 そもそも日本社会はあまりにも女性の視線や意見を取り入れてこなかった。多様性のない社会は弱い。国連からも女性差別の撤廃が徹底されていないと指摘されています。だから僕は、都知事は女性がいいとかねてより思っていました。その上、創造性、決断力、実行力のある小池さんなら適任です。小池さんは『しがらみ政治』と戦っているだけで、わざと敵を作って対立構造を煽っているわけではないです」