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連載中野京子の名画が語る西洋史

中野 京子
2017/08/23

中野京子の名画が語る西洋史――イージス艦と女神

「パラス・アテナ」1898年、油彩、60×44cm ウィーン市立歴史美術館 ©ユニフォトプレス

 先日、伊豆半島沖でアメリカのイージス艦がフィリピンのコンテナ船と衝突し、脇腹を大きく損傷して死者も出した。無敵のはずのハイテク艦艇イージスは脇が甘かったのかと、世界中が驚いた。

 この絵とどんな関係が?

 処女神アテナ(=ミネルヴァ)がはおっている、ケープのような鎖帷子こそ、アイギス(英語読みイージス)なのだ。これは主神にして父でもあるゼウスから贈られ、さらにそこへ英雄ペルセウスに退治された怪物メドゥーサの首を付けて無敵の防具となった(しかし確かに脇は甘そうだ)。

 クリムトは神というものの圧倒的存在感を、みごとに描き出している。学芸と戦闘を司るアテナは、まばゆいゴールドに身を包む。面頬付き兜もアイギスも槍もゴールド。神々しいとはまさにこのこと。そして冷たい鋼のごとき双眸は、人間ごときを歯牙にもかけない。

 彼女が右手に持つ裸の女性は、ヴェールを足許へ落として剥き出しとなった「真実」の擬人像。この小ささはおそらく人間の矮小さをも示していよう。女神の巨大さに比べて、泣きたくなるほど小さい。太刀打ちしようもない。

 怪物と言われるメドゥーサだが、かつては美しい人間の女性だったという。だが海神ポセイドンの求愛を受けたためアテナに憎まれ、醜い怪物に変えられたばかりか、アテナの助けを借りたペルセウスに殺された。その首をアイギスに飾り、かくも重々しく、かくも冷酷無情にこちらを見据える、凄絶なまでの美しさ、不気味さ。何を考え、どう感じるか、人間の理解のとうてい及ぶところではない。

 ギリシャ・ローマ神話は、神と関わった人間たちがいかに悲惨な目にあい、命を削り取られていったかのオンパレードといえる。人間は容赦ない神々の仕打ちに、ただひたすら耐えるしかない。なぜなら神とは荒ぶる大自然そのものであり、また抗えぬ宿命そのものなのだから。

■あまり怖くない
これは怪物ゴルゴン三姉妹の末っ子メドゥーサ。古代のイメージどおりに描かれている。髪の毛一本一本が蠢く蛇、幅広顔に鼻ペチャ、牙の間から舌が垂れ、どんぐり眼。こやつと視線があえば、人間は石になってしまうという。何と怖ろしい……と言いたいところだけれど、見た限りはあまり怖くないどころか、日本人としてはちょっと親近感を抱いてしまう。天狗鼻で幅の狭い顔の西洋人は、アジア人の顔が怖かったのだろう。ま、お互いさま。

グスタフ・クリムト Gustav Klimt
1862~1918
ウィーン世紀末を代表する画家。金地を多用した装飾的で絢爛たる作風と、エロティックな女性像で知られる。

中野京子 Kyoko Nakano
作家・独文学者。特別監修の「怖い絵」展は兵庫県立美術館(神戸)で開催中。秋には上野の森美術館(東京)で。
http://www.kowaie.com/

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