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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/08/29

タイ・ワインとアリの卵の“マリアージュ”に驚嘆!――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 タイ東北部の研究所で開発された「虫の缶詰」のつづき。

 農家から集められた虫は研究所で調理する。だが、その方法は一般家庭とは異なる。なぜなら、ここで作っているのはあくまで「ワインのつまみ」用だからだ。

 まず、よく水洗いして鉄鍋でカラ焼きにする。このときにレモングラス、ショウガ、コブミカンの葉などの薬味も一緒に入れて、材料のもつ臭みをすべて消してしまう。軽く火が通ったら、自然乾燥させ、さらに塩、ナンプラーなどで味つけし、今度はオーブンで蒸し焼きにする。六十度の低温で三十分加熱するという。こうすることによって、しっとりと柔らかい仕上がりになるのだそうだ。

 出来上がった物は五十グラムごとに分けて缶詰にする。五、六名しかいない研究員の人たちが手作業でせっせとやっている。なぜ、そこまでして商売に励んでいるのかは謎だが、おそらく、売れた分だけ彼らの収入になるのだろう。一日の生産力は百個が限度だという。

 さて、研究に研究を重ね、さらに一つ一つが手間暇かけて作られた貴重な虫缶を味見させていただく。

 研究員の人はガラスの皿に各種の昆虫を並べ、ワインと一緒に出してくれた。まさに「ディナー」である。

 まずは昆虫類から。「おおっ」と思ったのはこれまで食べてきた昆虫食とは一線を画しているから。一言でいえば、マイルドなのである。コオロギやバッタなどは一般の調理法で食べると、バリバリという歯ごたえがあり、口の中に足や羽根が引っかかる感じさえあるが、これは噛むとほろほろと崩れて、なんとも優しい食感。

 味もそう。佃煮ほど濃くないし、タイ料理、特に東北料理には珍しく唐辛子を全然使っていない。薄甘塩辛い味つけで、とても上品。飲み込むと喉の奥から鼻にかけてパクチーの香りがふんわり抜けていく。ゲンゴロウは背中の羽根をとるのがちょっと面倒だが(ここは固いので食べない)、同じように食べやすい。

 うーん、さすが。ワインに合うように、薄味で柔らかく丁寧に仕上げている。

 さて、最後はいよいよ赤アリの卵だ。実はお皿に盛りつけたとき、アリの卵を真ん中に置き、その周りに各種の昆虫類を並べていた。つまり、見た目にも「メインはアリ卵」とわかる。

赤白揃ったタイ・ワインと、小洒落たオードブルの様なアリ卵(皿中央)。

 そう、アリ卵は全てが別格なのだ。なにしろ、捕獲からして他の虫よりはるかに手間がかかる。夜のライトではアリの卵はとれない。ちゃんと巣を見つけ、掘り返さないといけない。しかも暑季の三月〜五月の間しか見つからないという。

 なので、缶詰の値段も、他の虫が一つ三十バーツ(当時、約七十円)だが、アリ卵だけ五十バーツ(約百二十五円)。

 調理法も異なる。卵を布に包んだまま湯がいてパクチーやナンプラーなどで作ったスープにつけ込んでいるのだ。

 アリの卵と言うと数の子のような小さなツブツブを想像してしまうが、実際には長さが一センチほどもある巨大な細長い固まりだった。人にかみつく大きな赤アリがそのまま中に入っていそうな雰囲気なのだ。でも口に入れると臭みやクセは全くない。柔らかいが適度な弾力があり、口の中でとろける。

 不思議なことに、これらの昆虫や、特にアリの卵と一緒に飲むと、この研究所で作ったマオ・ワインとタクロー・ワインの欠点が気にならなくなってきた。強すぎる酸味は緩和され、足りなかったコクが出てきたような感じすらする。

 東北タイ・ワインは、東北の虫料理とセットで飲むようになっていたのか。タイ料理の奥深さに再度驚かされたのだった。