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「黒人よりもアジア人が差別されている」の誤解 日本人に教えたい米国の「制度的人種差別」

一橋大学教授・貴堂嘉之先生インタビュー

 NHKの番組「これでわかった!世界のいま」が6月7日に放送した番組内容が批判を浴びている。

 公式ツイッターに投稿した動画では、筋肉質な黒人男性のキャラクターが、ミネアポリスで起きた白人警官によるジョージ・フロイドさん殺害事件をきっかけに全世界で広がっている「ブラック・ライヴズ・マター」運動(以下BLM運動)の背景をこう解説した。 

「俺たち黒人と白人の貧富の格差があるんだ」 

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 動画には「描写がステレオタイプ的だ」「複雑な背景をあまりに簡略化している」との批判が相次いだ(NHKは9日に動画を削除し、謝罪)。中には、米国の人種差別の実態を理解するには、「制度的人種差別」を学ぶことが欠かせないとする声もあった。 

LAでの抗議デモの様子 ©getty

 BLM運動や米国の人種差別についてより詳しく知るため、米国史の専門家で、米国研究者がNHKに提出した同動画への要望書の呼びかけ人の1人でもある一橋大学教授の貴堂嘉之先生にお話を伺った。 

◆ ◆ ◆

社会構造に組みこまれている「制度的人種差別」って?

——白人警官によるジョージ・フロイドさんの殺害、そしてその後のBLM運動を受けて米国では「制度的人種差別」についての議論が活発に行われています。「制度的人種差別」とは何か、教えてください。 

貴堂嘉之先生(以下、貴堂)英語ではinstitutional racism(インスティトゥーショナル・レイシズム)というのですが、この言葉がアメリカ社会で広く用いられるようになったのは1960年代後半から70年代です。

 意味は、社会的な弱者が不利となる仕組みが社会構造に組みこまれていて、黒人が黒人として生まれただけで、以後の人生が自動的に不利になってしまう。その悪循環から抜け出せない。そうした、個人の自助努力では克服しがたい構造的な差別のことを「制度的人種差別」と呼びます。 

 この言葉の生みの親ともいえるブラックパワー運動の指導者ストークリー・カーマイケルはこの概念を、あからさまな個の白人の個の黒人に対する「個人的な人種差別」と、白人コミュニティ全体での黒人コミュニティに対する「制度的人種差別」を対比させて以下のように説明しています。

「白人テロリストが黒人教会を爆破し、5人の黒人の子どもを殺せば、それは個人的な人種差別の行為であり、それをこの社会のほとんどの人々が嘆き悲しむだろう。

 しかし、同じアラバマ州バーミンガムの町で毎年500人の黒人の赤ん坊が、適切な食事や住まい、医療施設がないために死んでいて、さらに黒人コミュニティにおける貧困や差別によって、数千の人々が肉体的にも、精神的にも、知的にも傷つけられ破壊されているとしたら、それこそが制度的人種差別の機能なのだ」(Stokely Carmichael and Charles V. Hamilton,  Black Power: The Politics of Liberation in America. 1967より)

 

 つまり、直接的な暴力だけが問題ではないのです。 

医療や教育の人種間格差を生んだ「レッドライニング」

——「制度的人種差別」の具体例を教えてください。 

貴堂 有名なものに「レッドライニング」があります。これは、アメリカの都市部で銀行などの金融機関が有色人種を中心とする低所得層の近隣を赤線で囲み、その地区の住民が住宅ローンを組むことを拒否してきた慣行で、1930年代にはアトランタやシカゴ、デトロイトなど黒人人口の多い大都市で定着していきました。 

ミネアポリスで使われた「レッドライニング」(特定警戒地区指定)が描かれた地図

 もちろん今では、1968年の公正住宅法などで禁止されているのですが、白人と黒人の貧富の格差を生んだ一因にこの住宅差別があり、現在に至るまでその影響は残っています。住環境の悪い貧困地区への居住を余儀なくされ、そのことで教育の機会は制限され、犯罪との接触の機会がふえていく、負の連鎖が始まるのです。

 公的サービスは税金によって賄われるため、黒人地区と白人地区の税収差がサービスの格差にもつながります。米国における、医療や教育の人種間格差はこうしてうまれるのです。