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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/08/31

流しそうめん、そうめん流し、カレー掛け。そうめんの楽しみ方いろいろ――平松洋子の「この味」

 流しそうめんを食べたことがない。

「食べたことある? 流しそうめん」

 訊いてみると、たいていみんな首を振って「ない」と言います。

 知らないひとはいないくらい有名な流しそうめん。でも、まわりでは誰も食べたことがない世の中の不思議。青竹のなかを流水に乗って白いそうめんがするする走り、箸ですくい上げて冷たいめんつゆに浸し、ちゅるっと啜る――この時期になると決まって思い出す夏の風物詩なのだが……。

 よく寄る喫茶店のマスターにも訊いてみた。

「流しそうめん、食べたことある?」

「いや、ないっす」

「どんなときに食べるんだろう」

「うーん、祭りとかじゃないっすか」

 はっとした。

 そうか、祭りか!

 突然蘇ってきた記憶があった。

 もう二十五年くらい前、学童保育の夏休みの行事で奥多摩の河原に集まったとき、父親たちが流しそうめんを企画して大失敗に終わったという話だ。

 誰が仕入れてきたのか、半割りの青竹を何本か車で運搬し、河原で組み立て、汲んできた川の水でそうめんを流した。ところが、設計ミスなのか、そもそも無謀な挑戦だったのか、足場が早々に崩壊してお父さんの面目丸つぶれの巻。聞いた話だったから失敗の原因はわからないけれど、でも、カナシイ光景がまざまざと目に浮かんだ。

 空中分解した青竹が「く」の字に崩折れる瞬間。

 箸を握って呆然とする子供たち。

 めんつゆを持って立ちすくむ親。

 ブチまけられ、熱い石にへばりつく白いそうめん。

 みーんみーん、奥多摩の河原に空しく響く蝉の声。

 ……流しそうめんのことを考えていたら、思いがけず遠い昔の夏の残像が蘇り、なんともいえない気持ちになった。でも、その場に居合わせた子供たちにとっては一生忘れられない夏の一日だったに違いないから、流しそうめんバンザイである。

 鹿児島に「そうめん流し」があるという話を聞いたのは十年くらい前だ。流しそうめん、ではなくて「そうめん流し」。指宿市や南九州で盛んで、唐船峡では、丸テーブルのセンターでくるくる廻り続ける「そうめん流し」がポピュラーだという。しかも指宿市営「そうめん流し」施設があると教えられ、にわかに信じられなくて、しつこく何度も食い下がった。

「だからホントですってば! ドーナッツ型のキカイにそうめんを流して、みんなで囲んで箸ですくう。ええ、全部食べ切るまでそうめんはくるくる廻り続けるエンドレス状態。聞いた話ですが、そもそも唐船峡が流しそうめん発祥の地らしい。青竹を使うのは何かと大変だから、と当時の開聞町役場の助役さんが考案した道具だとか」

 おいしかったのか、と聞いたら、すごく楽しかった、という返事だった。上から下へ流れるそうめん。円を描いて流れて戻ってくるそうめん。捕獲面では、だんぜん後者のほうが疲労感が少ないと思う。

 子供のころ、夏休みの昼は毎日そうめんと決まっていた。お盆を過ぎると、あまりに食べ過ぎてだんだん喉を通らなくなったが、そういうものだと思って必死で食べていた。いまは、そうめんにカレーをかけて食べるのが大好きだ。こんな食べ方もあるってことを、当時の母に教えてあげたかった。

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