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橘 玲
2017/08/27

シリコンバレーの起業家たちの思想と価値観――イーロン・マスクやピーター・ティールの考え方

学校では学べない世界近現代史入門

時代を牽引する天才イーロン・マスクやピーター・ティール、スティーブ・ジョブズらを衝き動かす現代の支配思想とは何か?

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 ロサンゼルス国際空港に近いスペースXの工場には、アメリカン・コミックのヒーロー、アイアンマンの巨大なフィギュアが置かれている。一見どうでもいいことのようだが、ここにわたしたちの来るべき未来が象徴されている。

 スペースX(正式名称はスペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ)はロケット・宇宙船の開発と打ち上げを行なう民間企業で、2002年にシリコンバレーの起業家イーロン・マスクによって設立された。『アイアンマン』シリーズはハリウッド映画として世界的に大ヒットしたが、なぜそのフィギュアがスペースXにあるかというと、イーロン・マスクこそが主人公トニー・スタークのモデルだからだ。

 1971年に南アフリカで生まれたイーロン・マスクは、母国に自分の将来はないと考え、高校を卒業すると母方の親戚を頼ってカナダに渡る。「内部に30分以上いると暑さで確実に死ぬ」という製材所のボイラー室の清掃を時給18ドルで請け負うなどして糊口(ここう)をしのいだのち、オンタリオ州のクイーンズ大学に入学。2年生を終えると奨学金を得てアメリカのアイビー・リーグのひとつペンシルバニア大学に編入し、物理学の学位を取ると同時に、同校のビジネススクールであるウォートン校で経済学を学んだ。

イーロン・マスク氏 ©getty

 大学卒業後はいったんスタンフォード大学大学院に籍を置くもののすぐに退学し、弟とオンライン広告支援のベンチャー企業を立ち上げた。その会社をインターネットバブル絶頂期の1999年に売却して2200万ドルを手にすると、それを元手にネット銀行X.com(エックス・ドット・コム)を創業、のちにこの会社と合併するのがピーター・ティール率いるペイパルだった。マスクはティールに追い出されるかたちでCEO(最高経営責任者)を退任するのだが、その後も彼らのビジネス関係はつづき、ティールがシリコンバレーを代表するベンチャー投資家となると「ペイパル・マフィア」と呼ばれるようになる。――フェイスブックへの初期投資50万ドルを10億ドルにしたことで名を馳せたピーター・ティールは、あとでふたたび登場する。

 30歳になったときイーロンは無職だったが、オンラインオークションのイーベイがペイパルを15億ドルで買収したため、手元には2億5000万ドルの資金があった。無一文で北米に渡ってきた青年は、わずか10年で300億円ちかい資産をもつようになったのだ。

 だがイーロンは、その程度の成功ではまったく満足しなかった。彼にはもっと大きな夢があったからだ。それは、人類を火星に移住させるという壮大な事業だった。その夢を実現させるためにロサンゼルス郊外の古い倉庫を買い取って立ち上げたのがロケット開発のベンチャー企業スペースXだ。