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「コード・ブルー」「ドクターX」……大人気・医療ドラマの手術シーンは実際とココが違う

名医の手術を数々取材してきたジャーナリストが目撃したナマの現場とは

2017/08/30
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 みなさんは、本当の手術がどんなものかご存知でしょうか。昨今、「医龍」「ドクターX~外科医・大門未知子~」「A LIFE~愛しき人~」「コード・ブルー」など、医療ドラマが大人気です。そうしたドラマの中で描かれる手術シーンのように、実際の手術も厳粛で、張り詰めた空気のなかで行われると思っている人が多いかもしれません。

 しかし、日常的に手術を行っている外科医や看護師から見ると「そんなわけあるかー」と突っ込みどころ満載なのではないかと思います。

©三宅史郎/文藝春秋 (協力:国立がん研究センター)

 この8月、「週刊文春」で2週連続で「ライバルが認める『がん手術の達人』」という大型特集を担当しました(2017年8月17日・24日夏の特大号と8月31日号)。その取材の一環で、7月には国立がん研究センター中央病院(東京都)で行われた肺がん手術を見学させていただきました。

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 職業柄、今回に限らず様々な名医の手術を見学していますが、その数20回は下らないと思います。そんな私の経験からしても、医療ドラマの手術シーンには、本当の手術とは似て非なるものがあります。どこが違うのか、大きな点を3つあげてみました。

その一。本当の手術は、そんなに厳かなものではない。

「これから、〇〇式〇〇術をはじめます」「メス」「メッツェン」「汗っ!」……

 こんな感じで、医療ドラマでは、まるで厳粛な儀式であるかのように手術のシーンが描かれがちです。

 しかし、実際の手術の現場は、そんなに儀式的なものではありません。手術に慣れたスタッフほど、リラックスした雰囲気をつくっています。ときには冗談すら飛び交うことがあるほどです(もちろん、患者さんを冒涜するような不謹慎な会話があっては論外ですが)。

肩の力が抜けた状態だからこそ最大のパフォーマンスを発揮できる

「そんな緩んだ態度で、きちんと手術できるのか」と思うかもしれません。ですが、近くで見ていると逆に、この肩の力が抜けた状態こそが、最大のパフォーマンスを発揮するのに必要なのだと実感します。緊張して肩に力が入っていると、万が一大出血など不測の事態が起こったときに、冷静に対処する余裕が生まれないからです。

 車の運転だってそうですよね。肩に力を入れてハンドルを握り締め、前ばっかり見つめていたら、かえって危険です。好きな音楽でも聴きながら適度な力でハンドルを握り、前だけでなく右左にも気を配って、サイドミラーやバックミラーも見る余裕があるからこそ、危険を察知して未然に事故を防ぐことができるのです。

ビートルズや演歌、お気に入りのCDを流したり、手術中に取材に答える医師も

「好きな音楽」と言えば、車の運転のときと同じようにBGMが流されることもあります。「ビートルズが好き」という外科医もいましたし、某大物外科医は手術中に演歌を流すことで有名です。実際に、その方の手術も見学しましたが、CDを交換するのは若手医師の役割で、指定された曲順を間違えると、えらく怒られるのだそうです。でも、その若手医師は「こんなに血の出ない手術は見たことがない」と、その大物外科医の技術に舌を巻いていました。

肩の力を抜いて手術できるのが名医の証 ©三宅史郎/文藝春秋 (協力:国立がん研究センター)

 ある心臓外科医を取材した際にはこんな経験もしました。その医師は、「今日は時間がないから、まだ質問が残っているなら、あとは手術室で話を聞いて」と言うのです。どうすればいいのかと戸惑っていたら、「手術している背中越しに話かけてくれて大丈夫」とのこと。そのときは人工心肺を使わない「冠動脈バイパス術」という手術だったのですが、術野に目を落としながら手を止めることなく、私の質問に答え続けてくれました。

 なぜ、そんな芸当ができるのかというと、手術の手順を完全に体が覚えてしまっているからです。その医師も心臓外科では誰もが知る実力の持ち主ですが、自分の行った手術を毎回録画して、術後に見直していると教えてくれました。自分では100点に近い手術ができたと思っていても、ビデオで客観的に見ると「なぜか手が止まっている時間があって、まだまだ改善が必要と感じることが多い」とのこと。そのようなたゆまぬ努力が、術中に人と会話できる余裕を生んでいるのです。

 もちろん、すべての外科医がここまでの余裕を持って手術ができているわけではないでしょう。しかし、執刀医やスタッフに経験や自信に裏打ちされた心の余裕があるからこそ、安全に手術を行うことができるのです。