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山形 浩生
2016/05/02

有無を言わさぬ、愛情ある提言

『国宝消滅 イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機』 (デービッド・アトキンソン 著)

source : 週刊文春 2016年4月28日号

genre : エンタメ, 読書

 日本文化や伝統の保護をうたう本のほとんどは、往々にして読むに堪えない代物だ。無根拠なナショナリズムに変な精神論の自画自賛、懐古趣味に「最近の若者は」のグチまみれ、経済敵視の一方で補助金頼みの奴隷根性。

 本書は、あらゆる点で、その真逆の希有な本だ。

 話はまず、日本の文化財や伝統技能の市場の話からだ。今後、日本は観光産業が大きな成長分野だ。でも、観光需要に応えられる体制が皆無だ。それは箱物保存に腐心して中身や活動を考えない文化財行政の結果でもある。でも同時に、「伝統」にあぐらをかいて、商品開発もマーケティングも一切せず、偽装まがいの品質削りを横行させて自らの首を絞め、将来へのビジョンも一切ない、関連業界のせいでもある。

 だからまず観光資源として、観光客目線でのモノとサービスの整備をやろう。それを担保できるよう入場料は上げろ。同時に、業界はぼったくり体質をやめて、ごく普通の企業努力による値下げと一般人への再普及を頑張れ。そして末端の職人にまわるお金と仕事を増やし、後継世代を呼び込み定着させる努力をしろ、そのうえで公共も文化保存のための需要を作る施策をやれ!

 本書は、この厳しい内容を、数値的な裏付けや業界内部の知見もまじえて有無を言わさぬ説得力でまとめている。しかもそれを消えゆく日本文化への愛情こめて書き上げているのは、耳が痛くも素晴らしい。ベースとして観光需要の増大見通しがあるために、提言も単なる空論やジリ貧の悪あがきではなく、現実味のある前向きなものとなっている。細かいところで異論はある。いまの東京オリンピックをめぐる醜態を見たとき、著者の提唱する文化・スポーツ・観光省なる代物は、むしろ利権の横行する魔窟となりそうだ。いっそ経産省にでも丸投げしたら? でもそれは細かい戦術の話だ。

 本当に日本伝統文化の未来を懸念する人々はもとより、ネットや酒場で国粋談義と日本人優越論で気勢を上げる人々(さらにはその尻馬に乗る現政府)は、是非一読を。実は本書の内容は、文化財や観光資源だけの話ではない。日本のあらゆる産業や仕組みにあてはまる批判であり、提言でもある。その意味で、本書は日本がこの失われた20年(30年?)から脱出するための処方箋でもある。本書の提言を各分野で実施させるのにドンと財政支出をして、それをさらなる金融緩和で補えば、アベノミクスの三本の矢は完璧にそろうんだが……。

David Atkinson/小西美術工藝社社長。元ゴールドマン・サックス金融調査室長。1965年イギリス生まれ。オックスフォード大学で日本学を専攻。著書に『新・観光立国論』(山本七平賞受賞)、『イギリス人アナリストだからわかった日本の「強み」「弱み」』などがある。

やまがたひろお/評論家・翻訳家。1964年生まれ。大手シンクタンク勤務。主な訳書にピケティ『21世紀の資本』など。

国宝消滅―イギリス人アナリストが警告する「文化」と「経済」の危機

デービッド アトキンソン(著)

東洋経済新報社
2016年2月19日 発売

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