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小石 輝
2017/09/02

「君の名は。」「逃げ恥」が高齢童貞・処女を救う

サブカルスナイパー・小石輝の「サバイバルのための教養」

source : 週刊文春 2016年12月29日号

genre : エンタメ, 芸能, テレビ・ラジオ, 映画

 昨年8月公開の大ヒットアニメーション映画「君の名は。」のDVDが売れている。7月26日の発売以降、オリコンの週間DVDランキングで4週連続となる1位を獲得した(8月28日付)。コラムニストの小石輝氏が「週刊文春」誌上で「君の名は。」とドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」を“狙い撃ち”にして、物議をかもした「『君の名は。』『逃げ恥』が高齢童貞・処女を救う」を再録!(出典:週刊文春2016年12月29日号)

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「もののけ姫」や「ハウルの動く城」を抜き、邦画では興行収入歴代2位に躍り出た映画「君の名は。」。一方、「ムズキュン」のキーワードで高視聴率を叩き出したドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」(TBS系)。今年を振り返る上で不可欠なこの二大ヒットには、現代の若者のメンタリティを映し出す共通の物語があった。人呼んで“サブカルの狙撃手”、覆面コラムニスト・小石輝が徹底分析する!

 練り込まれたストーリー、美しい風景描写、高レベルの作画……。「君の名は。」ヒットの原因については様々な指摘がされている。だが、「もっと本質的な理由があるのでは」と思う人も少なくないだろう。

 私の考えでは、この作品が人々の心をわしづかみにした最大の理由は、「誰かにとって心から必要とされたい」「社会にとって役立つ存在になりたい」という根源的な二つの欲求を、「あり得ない設定」によって同時に満たす過程を描いたことにある。

 現実社会でこれらを満たすことが日本人、特に30歳代以下の「若者」層の多くにとって、実現できるとは思えないほどの彼方にあるからこそ、「決してあり得ない自己実現の物語」が共感を呼ぶのだ。この作品の超ヒットは、実は日本の社会が重度の機能不全に陥っている表れではないか。

「君の名は。」の主人公は、山深い町に住む女子高校生・三葉(みつは)と、東京に住むちょっと冴えない男子高校生・瀧(たき)。この二人が「眠っている間に人格が入れ替わる」という超常現象により、いきなり出会ってしまうところから、物語は始まる。

©2016「君の名は。」製作委員会

 恋愛関係に至るまでに必要な「友達関係から踏み出すためのきっかけ作り」「お互いの距離を近づけるための繊細なやりとり」「一気に距離を詰めるための大胆な振る舞い」……。二人は「入れ替わり」により、これらの面倒な手続きをすっ飛ばして、お互いのプライバシーや性格を隅々まで知り、支え合う。その結果、彼らは自然に相思相愛の仲になっていく。

 なぜ、このようなご都合主義的で幼稚とさえ思える展開が、多くの人々に支持されるのか。謎を解く鍵となるのが「恋愛下手な男女の一般化」という現象だ。

 18〜34歳の未婚男女を対象とする国立社会保障・人口問題研究所の調査によれば、昨年の時点で約9割の男女が結婚を望んでいるが、男性の7割、女性の6割には恋人がいない。しかも42%の男性、44%の女性には性体験自体がない。30〜34歳に限っても、未婚男性の26%は童貞、未婚女性の31%は処女だ。これらの数値は2005年以降、上昇し続けている。

 2005年頃と言えば、「ミクシィ」などソーシャルメディアの普及が進み、コミュニケーションのネット化が一気に加速した時期だ。現代の若者は、ネット上では活発に交流をしていても「実際に出会い、語り合い、触れあう」という濃密なコミュニケーションが求められる恋愛は、大の苦手となってしまったのだ。

 そして、25〜34歳の男女ともに「結婚できない理由」として挙げるダントツのトップは、「適当な相手にめぐり合わない=出会いがない」。そんな臆病で恋愛下手の男女にとって「君の名は。」で描かれる「男女の入れ替わりによる運命的、かつ強制的なカップリング」は、まさに理想的な「出会い」に映るのではないか。

 さらに物語の後半では、「入れ替わり」という外的・神秘的なきっかけで結びついた恋愛関係が、今度は自らの暮らす町の人々を、巨大な災厄から救うための大きな力にもなっていく。

 誰かにとって必要な存在になることと、社会から求められる存在になること。二つの願いを同時に成就させる道筋が「君の名は。」では、自らの意志を超えた超常現象によって都合良くお膳立てされる。主人公たちに求められるのは、このお膳立てに乗っかり、全力で突っ走ることだけだ。

 だが、現実世界ではそこに至るまでの「お膳立て」は、自分自身の力で作り上げるより他ない。実はそれこそが、最も困難で地道な努力が必要な過程なのだ。

 物語のポジティブな役割の一つは、そうした現実的な努力へと踏み出す勇気を受け手に与えることのはずだ。だが「君の名は。」はその過程をすべて外部の超常的な力に委ねたことで、「努力なしにたどり着ける甘美な物語世界」に受け手を閉じ込め、現実から逃避させる効果を持ってしまったように見える。そんな物語を求めてしまうこと自体が、若者たちの抱える閉塞感・絶望感の根深さの証しではないか。

 このような若者心理を、別の面から扱うのが、大ヒット中の漫画・テレビドラマ「逃げるは恥だが役に立つ(通称・逃げ恥)」だ。

「逃げ恥」の主人公・森山みくり(新垣結衣)は、大学院卒の25歳だが、求職中で恋人もいない。漫画の冒頭、みくりはため息をつく。「ああ 誰にも必要とされないって つらーい」。