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楠木 建
2017/08/29

『白い巨塔』の変遷にみる 日本の希薄化【前編】

楠木建の「好き」と「嫌い」  好き:田宮二郎の財前五郎  嫌い:唐沢寿明の財前五郎

複雑にして単純

 あくまでも個人的な好き嫌いの話として聞いていただきたい。

 先日、ニューヨークに出張に行った際、帰りの飛行機の中でテレビドラマ『白い巨塔』の唐沢寿明版というのがあったのを知り、原作の続編に当たる第2部の11回分を一気に観ることができた(財前が教授になるまでの第1部は残念ながらなかった)。ニューヨーク→東京は14時間のフライトなので、全部観るのにちょうどよかった。

 山崎豊子の傑作長編社会派小説『白い巨塔』。ご存知の方も多いと思うが、「浪速大学」という国立大学の医学部を舞台に、同期生である2人の医師、財前五郎と里見脩二という対照的な人物の対立を通して、人と人の世の宿痾と矛盾をこってりと描く重厚なドラマである。

『白い巨塔』山崎豊子

 財前は食道噴門癌の若き権威として自他ともに認める浪速大学医学部のエース。卓越した技量と実績に裏打ちされた自信。これ以上ないほど野心家でアクが強い性格。ギンギラギンにさり気ある男である。

 一方の里見は正反対の人柄。慎重にして理知的な研究一筋の学究肌で、いつも患者を第一に考えて行動する誠実無比の人物として描かれる。

 作者の山崎豊子はやたらに冗長で説明的な書き方をする人で、紋切り型のフレーズも多用する。小説家としてはそれほど文章が巧いとは思えない。しかし、話がとにかく面白い。読みだしたら止まらない。一日で一気に読み終えたことを覚えている。

書斎で執筆中の山崎豊子 ©文藝春秋

 なんでこれほどまでに面白いのか。その理由は登場人物の造形がやたらと単純明快なところにある。財前はひたすら野心家で自信家なワル。里見はひたすら真面目で誠実で謙虚な学究の徒。財前五郎を庇護する義父の又一はひたすら強欲なカネと名誉の亡者。財前の所属する第一外科の主任教授の東はひたすらプライドが高く保守的な形式主義者。医学部長の鵜飼教授はひたすら学内政治にかまける権力主義者。

 それぞれに思考と行動の様式が一貫していて、その人の内部での葛藤や陰影というものがきれいさっぱり捨象されている。善人は徹底的に善良で誠実、悪い奴は徹底的に悪い。人物像の設定がいい意味で平板である。だからストーリーの軸となる対立と葛藤がわかりやすすぎるぐらいわかりやすい。読者はよどみなく読み進められる。この長く複雑な話に複雑な性格の登場人物が次々に出てこられたら、わけがわからなくなる。『白い巨塔』はそこが上手い。構成要素においては単純、プロセスにおいては複雑、最終的な提供価値においては再び単純。優れたエンターテインメント小説のひとつのパターンである。