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小石 輝
2017/09/03

島耕作は経営者として本当に評価できるのか?

サブカルスナイパー・小石輝の「サバイバルのための教養」

source : 週刊文春 2014年2月13日号

genre : エンタメ, 芸能, 読書, ライフスタイル

「島耕作シリーズ」の弘兼憲史氏と「金田一少年の事件簿」の樹林伸氏がタッグを組んだ新連載「島耕作の事件簿」が「モーニング」でスタートして話題を呼んでいるが、同誌には「会長 島耕作」の連載も継続中だ。覆面コラムニストの小石輝氏が「週刊文春」誌上で“老害”と一刀両断した「島耕作会長」論を再録する。(出典:「週刊文春」2014年2月13日号)

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「課長 島耕作」の連載開始から約30年。シリーズは部長、取締役、社長などと続き、先月には「会長〜」の1巻が刊行。コミック累計約4000万部という国民的漫画だが、現在の彼は決して敏腕経営者として描かれていない。なぜか。新鋭論客が名作のタブーに斬り込む!

 経済界の人材払底(ふってい)は深刻だ。かつては「財界総理」と呼ばれるほどの影響力を誇った経団連の新会長は、現役の副会長が18人もいるのにその中から選ぶことができず、一度は退任した東レ会長の榊原定征氏が再登板せざるを得なくなった。元三井物産副社長の籾井勝人氏はNHK会長に就任早々、耳を疑うような問題発言を連発。早くも辞任論が吹き出す有り様だ。

NHKを去った籾井勝人元会長 ©文藝春秋

 そんな中、数少ない「できる経営者」として、島耕作の存在感は増すばかりだ。島耕作は1947年生まれの団塊世代。同い年の弘兼憲史氏が描く伝記漫画によれば昨年、島は2008年から5年間務めた大手電機メーカー「テコット」(元の名称は初芝電器。松下電器、パナソニックがモデルとされる)社長の職を退き、代表権を持つ会長に就任した。

 NHKの衛星放送では「島耕作のアジア立志伝」というレギュラー番組を持ち、CMにも引っ張りだこ。「トヨタ・カムリ」とタイ・アップして、本物のジェントルマンを育てるための「CLUB GENT」なるプロジェクトまで発足させている。

 だが、社長時代の島はどこか生気に欠けていた。目につくのは、海外のさまざまな国々を漫遊し、国際政治経済について部下や交渉相手らと雑談するシーンだが、そんな時の島は、たいてい無表情で傍観者的だ。活躍する場面があっても、インドネシア政府の役人から賄賂をたかられるのを阻止するなど、せいぜい部課長レベルの仕事。しかも、例によって神がかり的な強運と女性たちのサポートに支えられてのことだ。社長としての本来の仕事である、大所高所からの経営の舵取りについては、なぜか作中ではあまり触れられない。数少ない材料を元にそれを検証すると、島耕作の本当の力量が露わになる。

 初芝電器の専務だった2008年、島耕作は電機業界中堅メーカー「五洋電機」(三洋電機?)の株式を、市場価格の四割増しという破格の条件で公開買い付けし、買収するという経営判断を主導した。当時、初芝の万亀会長をして「3年以内に韓国のライバル家電メーカー、ソムサン(サムスン?)に勝ったという結果を出さなければ、役員総辞職だ」と言わしめたほど、巨額の費用を要する重い決断だった。島が社長に就任したのも、万亀会長から「今回の経営統合は君が主導した。君が責任をもって後のケアをすることが妥当だろう」と説得されたからだ。

©iStock.com

 だが、社長に就任した島は、五洋電機との経営統合を軌道に乗せるどころか、元五洋経営陣も加わったクーデターを起こされそうになる始末。業績はソムサンに水をあけられる一方で、社長に就任した2008年度から社の決算は赤字続き。2011年には「3期連続の赤字を解消するため」(作中での島のセリフ)、グループ全従業員35万人の一割を削減するという大リストラを決断せざるを得なかった。それでも2011年度、2012年度決算はまたもや大幅赤字を計上した。

 作中では、島が2012年度限りで社長を辞任したのは「2期連続の大幅赤字が理由」と繰り返し述べられている。だが、全編のデータや島自身の言葉から判断する限り、島が社長に在任していた2008〜2012年度の決算は五期連続赤字だったと結論づけざるを得ない。買収決断の決め手となった五洋の持つ先端技術も、製品化は韓国メーカーに先行され、最終的には国内のライバル企業と共同開発することになってしまった。

 要するに、社長としての島耕作は、自ら主導した五洋電機の買収を、何ら経営面でのプラスに結びつけられなかった。任期中にリーマンショックや東日本大震災などの逆風があったとはいえ、5期連続の赤字は言い訳できない。目立った仕事は、社名を「初芝五洋」から「テコット」へと変更したぐらい。島がまともな神経の持ち主であれば、5期も社長を務めることなく早々と辞任し、完全引退していたはずだ。

 だが、島は万亀会長の「君以外が社長ならば乗り越えられたレベルの危機ではない」との言葉に励まされ、ずるずると社長職を続けた。赤字続きでついに社長を辞任せざるを得なくなった時も、万亀の「君は次のテコット会長にふさわしい」「その気があれば院政だってしける」という言葉にあっさりうなずき、「まあ、流れだよな。固辞するような理由もないし」という消極的な言葉と共に会長に就任。経済連(経団連?)にも加入し、現在も雑誌「モーニング」誌上で活躍中だ。島耕作、66歳にして早くも老害の仲間入りか、と思わざるを得ない。