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暴力団と密売人が密集 西成・飛田新地ど真ん中にあった強烈すぎるマンション

「潜入ルポ ヤクザの修羅場」#19

2020/07/26

 新宿歌舞伎町の通称“ヤクザマンション”に事務所、そして大阪府西成に居を構え、東西のヤクザと向き合ってきたからこそ書ける「暴力団の実像」とは――暴力団との関係が色濃い西成という街について、著作『潜入ルポ ヤクザの修羅場』(文春新書)から一部を抜粋する。

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西成という異世界

 彼と別れて、道頓堀から地下鉄御堂筋線に乗った。動物園前で下車し、観光地として知られる新世界と反対側に向かって歩く。出口の目の前からはじまる動物園前一番街商店街は、かつて飛田本通商店街と呼ばれ、同時にヤクザ銀座でもあった。この街で暴力団は暴力で他を支配する特権階級として存在する。戦後すぐの頃、有名親分の大半が西成で修行を積んでおり、実際、今も暴力団組織がひしめき合っている激戦区だ。

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 通行人のほとんどはキャップを被っている老年男性で、ドヤと呼ばれる簡易宿泊施設で暮らす日雇い労働者である。ドヤ街は東京の山谷や横浜の寿町など全国にあるが、西成区のそれはスケールと密度が違う。完全なる異世界で、初めてみたら戸惑うはずだ。明らかに空気が異質だからである。仕事にあぶれた労働者は朝から酒を飲み、赤提灯でカラオケを熱唱している。ときどき『釜ヶ崎人情』が聞こえてくるが、多くはベタな演歌である。朝から店をオープンしているため、飲み屋が終わるのも早い。もうぼちぼち店じまいの時間だ。

 途中にあるスーパー玉出に寄って買い物をすませた。浪速のロッキーこと赤井英和の母親はこの前で漬物屋を営んでいた。スーパーマーケットには似つかわしくない毒々しいネオンサインで飾られた店内には、一般的な食品やアルコール類の他、単身者用に小分けされた総菜、白飯などがずらりと並んでいる。どれも安い。化学調味料がたっぷり入っていて、味は均一である。

数切れ食べたあとの刺身を返品するおばちゃん

 飲み物やスナック菓子、朝飯用の弁当などをカゴに入れ、特売商品をチェックする。客寄せのため、歯ブラシなどが1円で販売されているのだ。レジに向かうと腰の曲がったおばちゃんが、昼間買っただろう刺身のパックを返品させてくれ、と交渉していた。このスーパーは当日に限り食料品の返品も受け付ける。それでも刺身は無理筋だろう。聞き耳を立てていると、どうやら1切れ2切れ抜いて食べ、綺麗に包装し直し、持ってきたらしい。この図太さにたじろいでいたら、ここで商売することは不可能だ。

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 店員たちは慣れた様子で老婆をあしらっていた。ありきたりな住宅街にあるスーパーとは違い、突然ぶち切れ、怒鳴り出す客もいるが、そのときも特段、慌てる様子はない。毅然とした態度を貫徹する。ちょっとでも後ろに引いたら、どこまでもつけ込まれる。