昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

決意の顔出し告発「私はブラック日本料理店に食い物にされた」

連日の15時間労働でついには心臓の痛みとめまいが……。

会社側は「賄いを作る時間も休憩に含まれる」

―― スタイル社に入って、どれぐらいで「ちょっと説明と違うな」と感じましたか?

谷田 僕が入社したのは、ちょうど飲食店にとって忙しい年末シーズンだったんです。料理長から「ちょっと人手不足だし、年末で長い労働時間になっちゃうけど、一緒に頑張ろうね」と言われて、「一時的には仕方ないのかな」と思っていました。ところが、年が明けて繁忙期を過ぎても、いっこうに労働時間は減らない。むしろ以前よりも長く働くような日もあった。新しい人が入ってきても、あまりにハードな仕事量ですぐに辞めてしまう。確実に「おかしい」と思い、1月の半ばから労働時間の記録をメモ帳につけるようになりました。

谷田さんが記録していたメモ帳 ©文藝春秋

―― メモを見ると、休憩時間が「なし」と書かれた日もありますね。

谷田 そうですね。この他にご飯を食べる時間が15分ぐらいはあったので、一応15分間は休憩と呼べる時間帯はありましたが……。しかし、会社の作成した勤務管理を見ると、かなり実態とはかけ離れていました。

―― 具体的には、どういった点ですか?

谷田 出勤時間は毎朝打刻していたのであまり差異はありませんけれど、一番の違いは休憩と退社の時間ですね。会社の記録上は賄いを作る時間も休憩として扱われていました。これ自体もおかしな話ですが、それにしても3時間や4時間も休めるなんてありえません。ラストオーダー前に退社したことになっている日もあります。

会社側の勤務実績記録 ©文藝春秋

―― スタイル社のウェブサイトを見ると、かなり社員の教育に力を入れていると書かれています。

谷田 月に1回、3店舗合同でミーティングを行う、社員教育の時間がありました。まぁ、ほとんどない休憩時間を無理して削って集まるわけですが……。社長が「今後こうやって会社を大きくしていく」と方針を話したり、「新しい食器洗浄機を導入したい」「店舗にロボットを置けないか」といったアイディアを語ることもありました。「どうやったら社員が長続きする職場にできるか、みんなで考えましょう」という議題でミーティングをしたこともあります。ただ、短い時間でしたし、具体的な案は出てきませんでした。私は「いっそランチ営業をやめちゃえばよいのでは」と発言したんですけど、鼻で笑われたまま終わってしまって……。社長から人生訓や経営哲学のようなものが書かれた冊子を配られ、「一週間以内に感想文を提出するように」と言われたこともあります。

―― 最終的に休職した理由は何だったんでしょうか?

谷田 やはり体力的に厳しかったからですね。年明けになっても環境は改善しないまま、心臓が痛くなったり、めまいがしたり、頭痛がしたりと体が悲鳴を上げたのです。結局、お医者さんにかかって診断書を書いてもらいました。

―― 今後も料理人としてやっていきたいですか?

谷田 そうですね。働く環境さえ整えば、業界の人手不足は解消すると思いますし、調理の仕事を続けていきたいです。

―― 谷田さんにとって、調理のお仕事はどういうところが一番面白いと感じますか?

谷田 例えば、お客さんに合わせて料理の出し方を変えたり、いかに喜んでもらえるかを工夫するのが面白いですね。誰にでも同じものを出すのではなくて、「このお客さんは前にこういう料理を食べていた」「こういう飲み物を好まれていた」と考えながらお料理をお出しするのは本当に楽しい。ただ、人手が足りなくてそこまで手が回らない状態では、働く喜びも半減してしまいますし、そもそも十分なサービスが提供できているのか疑問に感じます。

―― いずれは自分のお店を持ちたいですか?

谷田 この世界に入った当初から、いつかは自分のお店を持ちたいなと思っていました。カウンターだけのスペースでもいいので、自分の手が届く範囲でできる仕事場を持ちたいですね。