昭和34年(1959年)創刊の総合週刊誌「週刊文春」の紹介サイトです。最新号やバックナンバーから、いくつか記事を掲載していきます。各号の目次や定期購読のご案内も掲載しています。

竹内 茂喜
2017/08/29

【中日】平田良介の長い夏休みは宿題がいっぱい!

文春野球コラム ペナントレース2017

12年前にも伝説の男は甲子園にいた

 今年も夏の甲子園は熱かった! 99回を数えた全国高校野球選手権大会。連日繰り広げられた熱戦に多くの野球ファンは心を打たれたはずだ。そして決まって現れるニューヒーロー。今大会は広陵・中村奨成に始まり中村奨成で終わったといっても過言ではない、そんな大会史に名前を刻み込む大活躍を見せてくれた。多くの大会記録を更新したが、中でもファンの心に残っているのはあのPL学園・清原和博が記録した通産本塁打記録を更新した6本塁打。甲子園伝説は32年ぶりに塗り替えられたのだ。そんな中村クンの活躍をテレビやスポーツ紙で見る度、何故か頭に浮かぶのは平田良介のことばかり。決まって口に出る言葉は「アイツは何やってんだ!」

 遡ること12年前。平田良介は中村クンに決して劣ることのない、それはそれは素晴らしい輝きを聖地甲子園で放っていた。1試合3本塁打。清原とともにいまだ2人しか達成していない伝説の記録。第87回大会準々決勝の東北戦。まず2回裏の第1打席にレフト最前列へ飛び込む先制ソロ。続く第2打席では2打席連続となる一発を弾丸ライナーで最深部の左中間へ運んだ。そして1点を追いかける第4打席。バックスクリーン右にぶち込む特大の逆転弾を放った。清原の時代にはラッキーゾーンがあったため、3本ともスタンドに放り込まれたという点では唯一の記録となっている。

12年前の甲子園で輝きを放っていた平田良介 ©文藝春秋

アテにしたいがアテにならない打者

 当時バッターボックスで見せた威風堂々とした佇まい。高校通算70本塁打。50メートル5秒7の俊足と遠投110メートルの強肩を併せ持つ。平田が魅せた神主打法は独特の美しさを持ち、ドラフト時、平田指名を決めた当時の落合博満監督から「この年のドラフトで俺が認めたのは平田だけ。そういう選手がいない年だってある。あれだけ振れる選手はそうはいない。鍛えれば俺以上の打者になる」と高く評価されていた。

 確かに輝いていた。それも眩いくらいに。ドラゴンズの4番は今後十数年大丈夫だと期待もしたし、落合クラスのスラッガーに成長していくことが当たり前だと思い続けていた。しかし現実はそうそう甘くなく、レギュラーを獲得したのが入団6年目。昨年まで6年連続二桁本塁打を記録し、攻走守三拍子揃った好選手というイメージはあるものの、チームを牽引する大黒柱というには太鼓判が押しづらい実績しか残せていない。毎年どこかしら故障を発生し、一年間フル出場した経験が未だないのが信頼を勝ち得ていない証なのかもしれない。

 ファンの立場からすれば、アテにはしたいがこれほどアテにならない主力打者はいないというのが現時点における彼に対する正当なる評価といえよう。昨オフ、複数年契約を結び、年俸も大幅にアップ。自身も今年は勝負の年、しっかりとした成績を残さなければ叩かれてもやむなしと迎えた今季であったはず。しかし今年も予想通り(?)の戦線離脱。ただ今回のケガは防げたはずだ。

はてなブックマークに追加