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“グリコ・森永事件”をテーマにした『罪の声』は元新聞記者だから書けた──「作家と90分」塩田武士(後篇)

話題の作家に瀧井朝世さんがみっちりインタビュー

2017/09/03

genre : エンタメ, 読書

読者からの質問

●小説のために取材をする時、どのように申し込むのでしょうか。また、聞いたことを小説に落とし込むために、どのようなことに気を付けていますか。(40代・男性)

塩田 取材に関しては、出版社を通したほうが早いと思えば出版社から依頼してもらい、こっちで動いたほうが早いと思ったらこっちで動く。たとえば『拳に聞け!』のラウンドガールズコンテストなんかは、自分で電話をしました。ジムで記者クラブの縛りのない取材の場があると聞いてパーッと行って、僕は肩書のない怪しい名刺を出して、デイリー、報知、僕と並んで水着の女の人の写真を撮ったんですよ。ジムの会長が「明日デイリーに載ります、報知に載ります、彼はただのカメラ小僧の2ちゃんねらーです」って言った瞬間に、女の子がわっとドン引きして、まったく僕のカメラに反応してくれなくなって。僕もよく考えたら、小説にこの水着の写真要らんやないかと思って。それで僕はこのことは墓場に持っていこうと思ってたんですけれど、そのジムの会長のブログに「塩田武士」という記事タイトルがあって、クリックしたら、僕がにやけてる写真がバーッと載ってて「ほんまに作家?」って書いてあったんですよ。許してくれよ、と思いました。

 取材を小説に落とし込むというのは、まず取材したことをテープ起こしする時に完璧にカテゴライズしておきます。人間の話はあちこち四方に飛ぶものなので、そのまま原稿に起こしておくのではなく、分類しておくんです。すると執筆する時に整理されたものを見ればいいので、ストレスがないんです。

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●自分で取材された事件や、新聞や雑誌で読まれた事件・事故で忘れられないものはありますか?(30代・男性)

塩田 グリコ・森永事件ですね。あとは、自分が担当した殺人事件で、未解決なものがやっぱり気になっています。どうやって犯人はあそこに入ったんだろうかとか、なんであんな死に方をしていたんやろう、とか、考えます。それは今でも時々思い出しますね。

©佐藤亘/文藝春秋

●小説家を志しながら新聞社に就職したと聞きましたが、なぜ新聞記者だったのでしょうか。編集者やテレビ局など、他にもマスコミはあると思うのですが。記者を選んだ理由を教えてください。また、それは思った通りでしたか。(20代・女性)

塩田 そうですね、やっぱり文章を鍛えてもらいたいというのはひとつありました。僕は基本的には読みやすいことを前提に書いているんです。読みやすく、リズムよく運んでいくことを意識しているんです。新聞の何がいいかというと、記事が逆三角形なんです。最も重要なことを一番最初に書く。何が重要かということの優先順位をつける訓練を毎日することになるんです。銀行強盗が起きて5分で夕刊にツッコめと言われた時に、一瞬で逆三角形が浮かぶっていう。それがものを書くうえにおいて非常に大事であるし、勉強になりました。思った以上の人生経験ができたと思います。

難波のカプセルホテルでバイトしていたときの度肝を抜かれるエピソードの数々

●今一番気になるお笑いは。(20代・男性)

塩田 この前『雪の香り』という文春の文庫で、ザ・ギースの尾関高文さんに解説を書いていただいたんです。もともとザ・ギースのシュールなコントが好きで、尾関さんの『芸人と娘』という本を読んだらすごく面白かったんですよ。あの人の上品な笑いというのは、こういうところから生まれているのかもしれないなと思って。たまたま大学の友人に紹介してもらって一緒にお酒も飲みましたが、ザ・ギースは本当に期待しています。

●『盤上のアルファ』面白かったです。塩田さんは将棋は強いのですか? 好きな棋士はいますか?(40代・女性)

塩田 将棋に関してはむちゃくちゃ弱いですね。もう本当に弱くて、才能がないというのを痛感しています。好きな棋士は羽生善治さんですね。実際にお会いして、いろいろ感じるところがありました。本当に理路整然としていて頭がいい方だし、比喩も的確でうまいし、なにより礼儀正しい。実るほど頭(こうべ)を垂れる稲穂かな、というのはあの人のことを言うんやという。尊敬しています。

●影響を受けた作家を教えてください。(30代・女性)

塩田 山崎豊子、松本清張ですね。

●『雪の香り』を実写化するとしたら、雪乃は誰のイメージですか。(30代・男性)

塩田 僕、小説の中の人でそういうイメージしたことがないんですよ。今回『騙し絵の牙』の大泉洋さんがはじめてで。書かれている通りの、小顔で……といったパーツで考えています。誰のイメージかは読者の方々に決めていただけると、楽しいかなと思います。

●2001年、大学時代に塩田君と難波のカプセルホテルでバイトの同僚だった者です。朝になると警察がきて逮捕者が出るような、かなりヤバめの客も多かったカプセルホテルのフロント経験が書くことにおいてプラスになったことはありますか?(30代・男性 中溝康隆)

塩田 ああ、中溝康隆君って、ノンフィクションライターですよ。『プロ野球死亡遊戯』というのを書いています。面白い男でしたね。連絡をもらえて嬉しいです。カプセルホテルのバイトは難波のど真ん中のガラの悪いところでやってたので、フロントにいるとワーッとおっさんが入ってきて、チェックインするのかなと思ったら、脇にあるユニセフの募金箱を盗もうとするんですよ。でも募金箱は鎖で繋がれていて盗めないので、ガチャッ、ガチャッとやっていて、僕はそれをずーっと見ていて。その後何事もなかったようにチェックインの手続きをするというね。「いったん盗もうとしてたよな」と思うんだけど、証拠もないし、証明できないんで。そんな話がいっぱいあります。全然サイズが小さいのに自分のよりいい靴履いて帰ったおっさんがいて。それで電話して「靴間違えていませんか」って言うたら「あっ、痛-っ。靴、小さいわ!」とか言って。そんなん電話してはじめて気づくなんてめちゃくちゃやなって。いろんなアウトローを見られたということで役に立ってます。

塩田武士さん ©佐藤亘/文藝春秋

塩田武士(しおた・たけし)
1979年兵庫県生まれ。関西学院大学社会学部卒。神戸新聞社在職中の2010年『盤上のアルファ』で第5回小説現代長編新人賞を受賞し、デビュー。2016年『罪の声』で第7回山田風太郎賞を受賞、“「週刊文春」ミステリーベスト10”で国内部門第1位となる。2017年本屋大賞では3位に。他の著作に『女神のタクト』『ともにがんばりましょう』『崩壊』『盤上に散る』『雪の香り』『氷の仮面』『拳に聞け!』がある。

“グリコ・森永事件”をテーマにした『罪の声』は元新聞記者だから書けた──「作家と90分」塩田武士(後篇)

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