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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/09/05

カロリーメイトよりもウマかった!? 生のアリの甘みと酸味――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 前回までアリの卵を食べた話を書いたが、アリの成体も食べたことがある。

 学生時代にアフリカのコンゴへ行ったときだった。コンゴで昆虫食といえば、イモムシの類いが一般的でアリ食は聞いたことがない。一匹が小さすぎて腹が膨れないのだろう。私が食べたのもアクシデントに近い。

 私は探検部の仲間とジャングルの真ん中にある湖の岸辺でキャンプを張っていたのだが、あろうことか用意してきた一カ月分の食料のうち半分くらいを現地の村の人にちょろまかされていた。必然的に厳しい食糧統制を行わざるを得ず、私たちは「飢え」に直面した。

 食べ盛りの二十歳前後の若者が一日、米一合しか食べられない。立ち上がるとふらふらし、頭の中は常時「腹、減った……」ばかり。

 朝夕の食事時にはメンバー全員が鍋のまわりに集まってきた。炊けた米をメンバー十一人分に分けるのだが、それを見て、口々に「これ、多すぎる!」「こっち、少ないじゃん!」と厳しく指摘する。さすがに誰も「俺は他の人間よりたくさん食べたい」とは言わないが、人より少ないのは絶対に嫌だから、異常なほどに「公平さ」を気にするのだ。

 このような状態のときは、たとえ「個装(個人の食糧)」であっても気軽に食べられない。大塚製薬からカロリーメイトを提供してもらい、それをメンバー一人一人に分配していた。空腹に耐えられない人間は早々と食べてしまっていた。空腹だけではない。糖分が絶対的に不足しているので、なんでもいいから甘いものを口に入れたいと思うのだ。砂糖ももはや、毎朝沸かすお茶に一人一杯ずつ入れるのみ。超貴重品である。

 私は実はカロリーメイトを温存していたのだが、温存しすぎて食べる機会を逸してしまった。他のメンバー全員が飢えに苦しんでいる横で、いまや「この世で最もうまい食品」とまで賞賛されるカロリーメイトを一人で頬張ることは人間としてできない。かといって、他のメンバー十人に分けるわけにもいかない。キャンプ地は狭すぎて、プライバシーもない。

「この世で最もうまい食品」とまで賞賛されるカロリーメイト

 ある日、とうとう最後の手段に出た。全員参加のミーティングを行っているとき、私は「あ、地図を忘れた」と言って自分のテントに潜り込み、こっそりカロリーメイトを貪ったのだ。その甘美なことといったらなかった。仲間を裏切っているという背徳感も加わり、全身にぞわぞわっとエクスタシーが流れたものだ。

 それから数日後。朝のお茶を入れようとして、私はたいへんなことに気づいた。砂糖の袋にアリが何十匹も入り込み、食い散らかしていたのだ。ちくしょう、砂糖の袋に入って食べたい放題なんて俺の夢だ! とアリに激怒し、一匹ずつつまんで外に放り出していったが、途中でふと思った。砂糖を腹一杯食べているアリを捨てる手があるか?

 じたばたしているアリをそのまま口に入れてみた。噛むとプチッと音がし、じゅわっと染み出たのは砂糖の味だった。「ウォオ!!」叫び出したくなるのを必死にこらえた。

 強烈な甘みの中にほんのり酸味がある。そのとき、「蟻酸」という言葉を思い出した。アリは基本、酸っぱいらしい。

 周りを見ると、誰も私に注目している者はいなかった。仮に誰かが気づいたとしても、さすがに生きたアリを「勝手に食うな」という奴はいないんじゃないか。だが用心に越したことはない。私は「このアリ、参ったな……」などと白々しく言いながら、素知らぬ顔でアリを貪り食った。プチッと弾ける九割の甘さと一割の酸っぱさ。その美味と恍惚感はカロリーメイトに勝るとも劣らなかったのである。