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浅田次郎×内田恭子 知られざるホースオーナーの世界(1)「愛馬は、一緒に戦う同志のような存在です」

魅力篇

競馬歴約50年、ホースオーナー歴18年。溢れんばかりの情熱を競馬に注いできた浅田次郎氏に、知られざる馬主の世界を内田恭子さんが聞いた。

あさだじろう 昭和26年生まれ。平成9年、『鉄道員』で直木賞を受賞。『壬生義士伝』『終わらざる夏』など作風は幅広い。個人馬主としてこれまで約30頭所有

内田 競馬好きで有名な浅田先生ですが、そもそも競馬と出会ったのはいつ頃なんですか。

浅田 もの心つくかつかないか、祖父に競馬場に連れられてきたのが最初の思い出です。肩車されてパドックを見た記憶がうっすらと残っています。自分で来るようになったのは昭和44年のダービー。以来、半世紀近く、倦まず弛まず、毎週のように競馬をやっています。

内田 その後、馬券を買うだけでなく、馬主になり、ご自分の馬も所有されるようになりました。何かきっかけはあったのでしょうか。

浅田 私は、ゴール板前の立ち見から競馬を始めたんです。若い頃はお金がありませんから。そこから有料の指定席、そして特別指定席と徐々に上のほうへ移っていきました。ある日、自分の席からふと振り返って仰ぎ見たら、そこにはさらに上があって、馬主席で優雅に観戦する馬主さんたちの姿があった。それを見て、「ああ、馬主になろう」と思いました。真剣に思ったのはそのときからです。

内田 馬主は憧れだったのですね。私は競馬に詳しくないのですが、馬主になるには、とてもお金がかかるというイメージがあります。

浅田 そうですね。でも、私は常々、お金は大切ですが、決して万能ではないと思っています。私が馬主登録申請した際、中央競馬の馬主になるための審査が細かくて驚いた記憶がありますが、私はそれで良いとも思いました。お金を持っていても、使う資格がある人とそうでない人がいると思っていますから。

愛馬シベリウスの勝利を祝う浅田氏(中央)

内田 その審査を経て馬主になった方々が、馬主専用のエリアにいらっしゃるわけですね。

浅田 ええ。そもそも競馬は「くらべうま」ですから、自分の持ち馬を走らせて、誰の馬が一番速いかを競わせる貴族の遊びだったんです。ところがそのうち、柵の外で貴族のレースを見ていた人たちが誰の馬が一番速いかを賭けるようになった。それが馬券の始まりなのでしょう。ですから、本来「馬を走らせる人」と「賭ける人」、この二つはまったく別ものです。私の場合、その両面から競馬に関わってみたくなったのでしょうね。私は他に道楽も持っていませんし、唯一の趣味が競馬ですから。

内田 平成12年デビューのオープンユアハートが浅田先生の最初の所有馬ですが、デビュー戦は覚えていらっしゃいますか。

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