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【巨人】スコット・マシソン、6シーズンで350試合に投げまくる「マシられる男」

文春野球コラム ペナントレース2017

来日6年目、外国人投手初の150ホールドを達成

 今季残り21試合。毎年ペナントレース後半は高校3年生の3学期の気持ちを思い出す。

 進学する者、就職する者、それぞれの進路を前に「いったい俺らの将来どうなるのかな?」なんつって期待と不安を抱えながら、ともに長い時間を共有したクラスメイトと卒業旅行や卒業式といった高校生活最後のイベントを楽しむあの感じ。プロ野球も同じである。毎年チーム編成は変わり続け、今と同じメンバーで戦えるのはあと1か月ほど。最後の祭りと熱狂が終わったら、嫌でもリアルな未来と向き合うハメになる。巨人で言ったら、来シーズンは高齢化の進む野手陣をどうするか? そして、昨オフの段階で将来的なメジャー復帰希望を明かしていたマイコラスやマシソンの残留交渉は成功するのか? クリアすべき課題が山積みだ。

 もしも、巨人にスコット・マシソンがいなかったら……と思うとゾッとする。来日6年目、カナダ生まれの剛腕は先月31日の広島戦で外国人投手初の150ホールドも達成。いまやブルペンの大黒柱にしてリーダー的存在だ。新助っ人が入団してきたら、都内のマンションから郊外のジャイアンツ球場までのスムーズな電車の乗り換え方法を丁寧にレクチャー。オフになれば若手の戸根千明、高木勇人両投手をフロリダの自宅に招き一緒に自主トレ。マシソンのTwitterではともにハンティングを楽しむ姿がアップされ話題となった。

 以前、テレビ解説で川口和久元投手コーチは「外国人投手はみんなクイックが課題。マシソンの場合は日本の練習が好きでクリアしたけどね」とか「マシソンは凄い真面目ないい子でね。たまに『オレのやってることは間違ってないか?』って真剣に聞いて来るんですよ」と試合展開そっちのけでその人柄を絶賛。ナイスガイかつタフガイ、グラウンドでは圧倒的な成績とまさにプロ野球選手のお手本のような優良助っ人である。

昨オフの段階で将来的なメジャー復帰希望を明かしていたマシソン ©文藝春秋

世代交代が進む投手陣の最年長選手へ

 そんなマシソンも始まりは危うかった。楽天との争奪戦を制し獲得も、初参加の2012年春季キャンプの紅白戦初登板で2回4四死球の乱調。さらに加治前竜一の頭部に死球を食らわした事件で一躍有名になる。その後、対外試合4試合5イニングを投げ計7四死球。制球面の不安を露呈し、一時は先発テストするも開幕2軍スタート。にもかかわらず、当時のスポーツ報知名物コーナー『ジャイアンツ日記』に、G球場に設置された自動販売機を前に「明後日はおしるこにチャレンジしてみるよ」と能天気なコメントが掲載され心配されたが、今思えば未体験のおしるこをチョイスできるこのチャレンジ精神と環境適応力がマシソンを救った。

 選手名鑑掲載の好きな食べ物はラーメンとホルモン、もしくはお寿司とうなぎ料理とかほとんど日本のおっちゃんのようなチョイス。ジャイアンツファンクラブ会報『G FAN』によると、マシソンは日本人選手とコミュニケーションを取るときに、相手がしっかり理解できるよう単語と単語を合わせ、ゆっくりと優しい英語で語りかける。そうやってチームの雰囲気を和らげるのだという。

 アメリカ時代は苦労人で20代の内に2度の右肘トミー・ジョン手術を経験。メジャーでもわずか15試合の登板に終わった男は、28歳の春にほとんど野球人生ラストチャンスのような状況で日本球界へやって来た。ここで結果が出なければ終わりという崖っぷちの助っ人は巨人1年目からあらゆる場面で投げまくり、翌年にはリーグ最多の42HPで防御率1.03、3年目にはチーム事情でクローザーとして30セーブを記録。4年目には成績を落とし勤続疲労が心配されたが、昨季は意地を見せキャリアハイの70試合登板で自身2度目の最優秀中継ぎ投手賞を獲得した。

 強かった頃の巨人の中心にいた内海哲也や山口鉄也は現在2軍暮らし。ここ数年、ともにブルペンを支え続けた澤村拓一は今季1試合も投げないまま再び降格。21歳の田口麗斗やルーキー畠世周がローテ定着し、世代交代が進むピッチングスタッフの中で気が付けば33歳のマシソンが1軍最年長投手である。