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佐々 涼子
2017/09/11

東南アジアに迫り来るISの脅威を、日本人は知るべきだ

旬選ジャーナル 目利きが選ぶ一押しニュース

▼〈激戦のフィリピン・ミンダナオ島潜入ルポ 不気味に根を張る「アジアのIS」のリアル〉「週刊プレイボーイ」8月7日号(筆者=水谷竹秀)

 フィリピンのミンダナオ島で、ISに忠誠を誓うイスラム過激派勢力と国軍との激しい武力衝突があり、大勢が死傷したと知ったのは、旅好きな友人を通じてだった。そんなにひどいことになっていたのか。私は朝からテレビをつけたまま仕事をしているが、大規模な戦闘行為があったにもかかわらず、その情勢を詳しく伝えるものを見たことがない。

 ネットで検索してみても、この件についての日本語の報道は極端に少ない。なぜなのだろう。そんな折、フィリピン在住のノンフィクションライター、水谷竹秀氏が『週刊プレイボーイ』に戦場ルポを寄稿していると知り、早速読んでみた。

 一行目から、「ダダダダダダダダ」という機関銃の連射音から始まる描写に、一気に戦場に連れていかれ、胸が苦しくなった。防弾チョッキにヘルメットという装備で水谷が赴くのはミンダナオ島のマラウィだ。ヘリコプターが空爆をかけ、迫撃砲の爆音轟く現場は、緊迫している。記事によると七月一二日現在、死者は五〇〇名を超え、現在もキリスト教の神父を含む多数の民間人が人質に取られ、周辺住民約三〇万人が避難して、周辺はゴーストタウンと化しているという。日本と縁の深いフィリピンの、この現状を私は知らなかったのかと慄然とした。

©getty

 水谷によると、オーストラリア人記者が取材中に被弾して以来、国軍のメディア規制が厳しくなり、フィリピン支局のある日本のテレビ会社は現場に入ることができず、唯一現地の記者にコネクションのあったフリーの水谷だけが交戦地に潜入できたのだという。フィリピンで一三年間取材をしてきた水谷の面目躍如である。私のような鈍い人間は、こうやって伝えてくれることで初めて、そこに人がいて、苦しんでいるという当たり前の事実を実感できる。この記事、どうしても開高健の『ベトナム戦記』を思い出させる。水谷はかつて、戦場を書いてなお傍観者でありえるのかと開高の当事者性について触れている。このルポも同じだ。そこにあるのは戦場に置かれた作家の目から見た非力な人間のリアルだ。情勢のクールな分析が必要か。そうなのだろう。しかし、このルポの肝はそこにはない。フィリピンの地に心からの関心を向けさせるのは、この、一朝一夕では解決方法など見つからない、どうしようもない泥沼に生きる人々への、水谷の向ける体温あるまなざしと、それでも人間のリアルを書く正直さなのだ。

 現地ではSNSなどを通じてIS思想にかぶれる若者が後を絶たず、過激派に流れる若者が増えているそうだ。記事は、マラウィから逃げてきた四歳の男の子が、武装勢力を真似して、突然ショッピングセンターで「アッラーフ・アクバル」と叫びだすなど、子どもたちに深刻な影響を与えていることも伝えている。ひょっとして日本で報道が少ないのは、IS思想が飛び火するのを恐れてのことだろうか。水谷に聞くと「そんなことはないと思いますよ」と否定された。以前から、東南アジア情勢には、日本は報道することにあまり価値を置いていないのだという。しかし、将来確実に経済の中心地となるだろう東南アジアに関心がない日本に、明るい展望などあるものか。

 知ることだ。認めたくない事実も、人間の持つ残酷さも、誰かの身に起こった理不尽なできごとも、ISの洗脳方法も、歴史的背景も。そして、伝えることで物事が一時的に悪化しても伝える意味を信じるのが、書き手の仕事だろう。私たちが何を知らないのかすら知らないのなら、深刻な問題だ。今回、水着のピンナップの後ろに差し込まれた硬派なルポに、『週刊プレイボーイ』の矜持を見た思いだ。