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森岡 英樹
2017/09/19

揺らぐ名門・三菱UFJ信託 “戦犯”は誰だ?

三菱UFJ信託の池谷社長 ©共同通信社

 信託界の名門、三菱UFJ信託銀行が揺れている。「再創造イニシアティブ」の名の下、来年4月をメドに法人融資を、三菱東京UFJ銀行に統合する計画が決まっている。取引先への説明が進んでいるが、営業の現場からは早くも「すべての取引先の理解を得るのは難しい」と悲鳴にも似た声が挙がっている。

 さらに、若手・中堅はこんな絶望感を口にする。

「結局、融資を握るものが窓口になる。我々は商業銀行の下請けに甘んじることになるわけです。そもそも取引先数にして2600社、12兆円もの貸出資産を召し上げられて、本当にやっていけるのか。500億円もの利益が一挙に消滅するわけで、最下位信託に転落してもおかしくない」

 この思いはOBではさらに強烈だ。「現経営陣は総退陣すべきだ」と公然と批判する元役員も少なくない。

「同じ三菱グループとはいえ、信託銀行と商業銀行は融資ではライバル関係で、長年対等の立場で付き合ってきた。商業の旧三菱銀行は、東京銀行やUFJ銀行と合併する前は都銀中位行に過ぎなかった。一方、信託は戦後、長くトップとして君臨してきた。それが、商業銀行の軍門に下るのは断腸の思いだ」(元役員)

 中でも“戦犯”と目されているのが、信託の2トップだ。

「召し上げが決まった役員会で、信託の池谷(幹男)社長は、反対を唱えたというが、フィナンシャル・グループの平野(信行)社長にあっさり押し切られた。本来なら、その後、出ていって押し返すのが若林(辰雄)会長の役割。今では、若林君は『平野のヒラメ』なんて、社内で揶揄されていると聞く」(同前)

 一方、こうした三菱の混乱に乗じて、他信託は虎視眈々と融資の乗り換えセールスを展開している。

「もともと三菱UFJ信託の取引先の多くは、商業銀行と信託銀行の融資枠を別々に管理している。それが一本化されれば、取引先からみると三菱のシェアが大きくなりすぎ、調整が必要との認識がある。そうした取引先を絞り込んでピンポイントで融資の乗り換えを働きかけている」(他信託幹部)

 一強を誇ってきた三菱。頭取の突然の退任に加え、信託を巡る混乱により、その足元は揺らいでいる。

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