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北条 かや
2017/09/18

ナンパを繰り返し、満たされない男の思いとは?

北条かやが『声をかける』(高石 宏輔 著)を読む

『声をかける』(高石宏輔 著)

 三十代の男性著者による、エッセイとも小説ともつかぬ独白物語だ。主人公は二十五歳の男性で、ある日を機に街に出てひたすら女性に声をかける「ナンパ」を繰り返すようになる。六本木で、渋谷の裏通りで、主人公は女性たちと様々に交わり、その顛末を繊細な言葉でつづっていく。

「ショットグラスを持ったままの僕の手に、柔らかい肉がヌメリと生々しくめり込んだ。ノースリーブを着た女性がすれ違うとき、彼女の二の腕が僕の手に当たったのだ」

 こうした独自の身体感覚の描写は、読者を彼の肉体に「めり込む」体験へと導く。まるで彼の目になって女性をながめ、彼の内面をのぞき込んでいるように。

 自分自身の存在を疑う彼にとって、身体感覚は唯一のよりどころだ。彼は道行く女性を品定めして声をかけ、その身体に触れる。女性と交わることを通して、自他の境界を確かめようとする。そう、みずからの「身体」を媒介として。

 しかし「他者」とは、肉体を通して交われば交わるほど、その存在の遠さを意識させられるものだ。ここにあるのに交わろうとするたび、他者は圧倒的な隔たりとして現前する。

「女性の動きのリズム、身につけているもの、僕を見たときの表情、声のトーン、体を近寄せたときの緊張具合の変化……」

 一見すると彼が女性を一方的にまなざし、主導権を握ってその肉体に侵入しているように思われるが、そうではない。女性たちもまた彼を見て、彼に触れ返しているのだ。触れ返す女性たちは、彼が絶対に入り込めない一個の「他者」である。ひとつになどなれない。彼は満たされない。

 身体を通して自他の境界を確かめる営みは、彼の自我を救わないだろう。読者も自然に、その満たされなさに没入していく。ナンパという特殊な題材を扱いながら、切ない普遍性が感じられるのは、身体コミュニケーションの根源的な不確かさを突きつけるからだ。

たかいしひろすけ/1980年兵庫県生まれ。慶應義塾大学中退。コミュニケーションについてのカウンセリング等で活動。著書に『あなたは、なぜ、つながれないのか』『「絶望の時代」の希望の恋愛学』(宮台真司らとの共著)。

ほうじょうかや/1986年石川県生まれ。京都大学大学院文学研究科修士課程修了。著書に『インターネットで死ぬということ』など。

声をかける

高石 宏輔(著)

晶文社
2017年7月20日 発売

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