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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/09/19

照り焼き風の「ワニバーガー」は口の中でほろほろと……――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 広島県三次(みよし)市で伝統の「ワニ(現地で鮫のこと)料理」を食べた話の続き。刺身は一見、新鮮なミンククジラによく似ていたが、生姜醤油で食べてみると、なんと味もそっくり。

 臭くないどころか、魚に一般的な青臭さや繊維質もない。マグロやカツオから臭みを消し去り、もっと食べやすくした感じ。さっくりした歯ごたえ、鶏のささみのような味わいで、ちゅるんと喉を通る。いくらでも食べられてしまうのもミンククジラと同じだ。

 同行していた私の友人は実は赤身の魚が苦手だったが、「ワニはすっごく食べやすい」とのこと。店主の藤田さんが説明するに「魚の匂いは脂の匂いなんです。鮫は脂がないから魚の匂いがしないんですよ」。

 翌日、ここで買い求めたワニ肉を東京へ持って帰り、友人たちとワニ料理パーティを開いたのだが、メンバーの中に「魚が一切食べられない」という青年がいた。福岡県の魚屋の息子なのに、子供のとき突然、魚を受けつけなくなったとか。一種のアレルギーなのかもしれない。なのに、ワニの刺身はパクパク食べていた。「全然平気ですね。すごくおいしい」とのこと。

 あらためて、ワニ(鮫)は通常の魚類とは全く異なった肉質であることが確認された。魚類学者は鮫を鯨の仲間に入れた方がいいのではないか。

 さて。ここまで読んで、「え、私も鮫肉食べたことあるけど、そんなに美味くなかった……」という方がおられるかもしれない。

 そうなのである。鮫肉自体は都内のスーパーですらときおり見かける。すごく珍しいものではないし、値段も安いのだが、「鮫が好き」という人には会ったことがない。

 私もこの後、高知県四万十市で湯引きした(熱湯をかけた)「ふか(現地の言葉で鮫)」を酢味噌で食べたのだが、決してまずくはないものの、途中で飽きてしまった。三次市のワニの刺身のように、いくらでも食べられるというものではなかった。

 どうしてフジタフーズの鮫肉と他の鮫肉はちがうのか。推測するに、一つには種類。藤田さんのところではネズミザメとアオザメだけを扱っている。

 もう一つは藤田さんの眼力とポリシー。昔は島根県から人力で運ばれていたワニだが、現在はもっぱら九州や四国からチルドで届く。

 藤田さんは市場へ行き、自分でワニを見るが、「切った断面を一目見れば、いいかどうかわかる」とのこと。「これは美味くないな」と思ったら、買わない。なので、この店では刺身が常にあるとは限らない。テレビや雑誌でも幾度となく紹介されているので、全国からお客さんがやってくるが、刺身がなくてガッカリする人も少なくないようだ。

 それでも厳選されたワニ肉しか提供しないのは、藤田さん曰く、「ワニ肉が美味しくないと思われると困るから」。

 うーん、鯨肉と置かれている状況も似ている。鯨も種類によっては、サンマと鯛ほどに味がちがうのに、一緒くたに「鯨」でくくられているし、一般に出回っているのは質のよくない肉が多いから、鯨が好きだという人はめったにいない。

 ますますワニ=鯨説が私の脳内で強まっていったとき、それをひっくり返したのは加熱したワニ料理だった。「ワニバーガー」を食べると、ワニ肉が口の中でほろほろとほぐれていく。照り焼き風のタレと絶妙にからんで、とろけていく様はがっしりした鯨肉とは似ても似つかない。

ワニバーガーを試食

 ワニ肉は熱に弱く、火を通すとすぐにバラバラに崩壊してしまう。それを逆手にとっての一品なのだ。

 ワニはやっぱり鯨とはちがう(以下、次号)。

加熱したワニ肉がほぐれるワニバーガー