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連載THIS WEEK

井上 久男
2016/10/28

三菱自動車“最大の戦犯”留任
ゴーンの深謀遠慮

source : 週刊文春 2016年11月3日号

genre : ビジネス, 企業

リストラされる社員は浮かばれるのか
Photo:Kyodo

 日産自動車は10月20日、三菱自動車を正式に傘下に収め、新体制を発表した。波紋を広げたのは、三菱の社長人事だ。益子修会長兼社長(CEO)が留任する形となったのだ。益子氏は10年以上にわたって三菱自動車に君臨し、今日の事態を招いた“最大の戦犯”との批判も強い人物。

「益子氏は、“上から目線”で命令するので、特に開発を筆頭に現場からの反発は強かった。今年6月の株主総会では相川哲郎社長(当時)だけが退任して、益子氏が留任することに既に批判の声が上がっていた。8月には、燃費データ不正問題発覚後に三菱が再測定したデータでも新たな不正が見つかり、国交省も益子氏にはかなり不快感を示していました」(自動車担当記者)

 益子氏も周囲に「辞めるつもり」と強調し、退任するものと見られていたが、日産のカルロス・ゴーン社長が引き止めたことで一転した。

 日産が三菱に救いの手を差し伸べた狙いは、三菱が強い東南アジア市場と、日産が弱いプラグインハイブリッドと軽自動車づくりのノウハウ獲得にある。

「逆に言えばそれ以外は不要。コストカッターで知られるゴーン氏は重複する販売網や過剰な生産設備、下請け企業は大リストラする腹づもり」(アナリスト)

 今回の人事ではゴーン氏は三菱の非常勤の会長、益子氏が社長(CEO)に残り、最高執行責任者(COO)にトレバー・マン氏が日産から送り込まれる。実務はマン氏が仕切り、日産との調整やリストラを益子氏が担うと見られる。

「ゴーン氏のやり方は自分では決して手を汚さない、現地人が現地人を監督するかつてのフランスの植民地統治の手法と似ている。反感を買うリストラは益子氏に任せるつもりではないか」(日産OB)

 実は1999年、仏ルノーが日産を傘下に収め、ゴーン氏がCOOとして送り込まれた際にも同じような人事があった。

「当時、日産の塙義一社長は経営責任をとって辞めたがっていたが、ルノーのシュバイツァー会長の信頼が厚いとの理由からCEOとして残留。『ゴーン改革』の抵抗勢力への盾の役割を担った」(同前)

「三菱自動車の天皇」と言われた益子氏の最後の仕事は、「憎まれ役」になりそうだ。