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神田 憲行
2017/09/23

秋葉原「ホコ天の人気者」元リトルノンこと永野希が語った「新しい秋葉原」

家電、外国人、アイドル……すべてを受け入れる街#3――50年後の「ずばり東京」

現在の秋葉原には「再開発エリア・オフィスゾーン」「専門店ゾーン」「超専門店・新文化創造ゾーン」の三層構造があり、それぞれの年代でカルチャーを生み出してきた(#1#2参照)。一方、すべてを受け入れるこの街で、姿を消したものもある――路上ライブである。筆者が取材中に再会した路上ライブのカリスマは、いまの秋葉原をどう見ているか。
出典:「文藝春秋」2017年9月号・全3回

路上ライブの人気者

 最後に、秋葉原で懐かしい再会をした女性を紹介しよう。

 歌手でタレントの永野希さん。彼女と初めて会ったのは、私が秋葉原の取材に通っていた2005年のこと。彼女は日曜日ごとに開かれる歩行者天国でライブをする「リトルノン」というバンドのボーカルをしていた。まだメジャーデビュー前だったが、「リトルノン」はすでにファングループができるほどホコ天の人気者だった。ライブの後、ファンらとともに路上のゴミ拾いをしてから帰る姿勢も、他の路上ライブをしている人たちと違って好印象だった。

 その後CDデビューを飾ったのは知っていたが、私の中の記憶のひとつになっていた。

 再会のきっかけは前述の喫茶店「タニマ」だった。「タニマ」には「リトルノン」時代に作られたポスターが色あせたまま貼られていた。私が懐かしくマスターの金子さんに話しかけると、

「ボーカルのノンちゃん、今はこうなっているよ」

 と、隣の女性歌手のポスターを指した。「リトルノン」のボーカル「ノゾミ」は、ボーカリスト「永野希」になっていたのである。しかも、

「ノンちゃん、たまにうちに来てくれるよ。『リトルノン』のポスターを剥がそうかと相談したら、『まだ貼っていて』って、頼まれた」

路上ライブのカリスマ・永野さん(提供:Right Gauge)

 彼女はまだ秋葉原に来ていて、「リトルノン」時代のことを懐かしく思っている。それが私には嬉しかった。

「リトルノン」時代は大学生だったのが、再会した永野さんはすっかり大人の女性になっていた。

 ホコ天随一の人気者も、当初はライブをするのが怖かったという。

「昔から人と接するのが怖くて、いつもヤマギワ電気の地下のお手洗いで着替えるんですが、緊張してお腹が痛くなったりしていました。でも好意的に聞いてくれる人とか、なにかを求めてアキバに来ている人が足を止めてくれたり、心のやりとりみたいなものがありました」

 歌う曲は人の心を明るくするような、応援歌が多かった。

「人を励ますような曲に共感してくれたのか、家出してきた子とか、お母さんと喧嘩している子とか、相談してくれるファンが多かった。それまでファンと演者って距離があったものが、秋葉原の路上ではありませんでした。あのあと秋元康さんが『会いに行けるアイドル』というコンセプトで秋葉原で『AKB』を始めたじゃないですか。あれ、私たちを見てくれていたんじゃないかと思う。思い上がりだけど」

 永野さんは笑った。