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玉木 俊明
2017/09/25

リネン、砂糖、コーヒー……ヨーロッパを勝者にした世界商品――学校では学べない世界近現代史入門

なぜヨーロッパだけに産業革命は起きたのか?
その鍵は大西洋、そしてバルト海の海洋交易にあった。
主力となった商品の動きを軸に、歴史を紐解く。

◆◆◆

 近世のヨーロッパでは、対外進出が盛んになり、そのために多くの商品が、ヨーロッパに流入した。そうした商品の動きを追うことで、近世から近代の世界の動きを捉えることはできないだろうか。

 ここでとりあげる商品は亜麻(あま)・麻・リネン、砂糖、コーヒー、綿、穀物である。これらの商品のダイナミズムは、世界経済の動きそのものだったからである。

 18世紀後半、イギリスで起きた産業革命は、質量ともに世界経済を大きく変えた。この産業革命のはじまりは綿織物工業だったことはよく知られている。

 この産業革命=工業化より前の時期、ヨーロッパで起きた工業発展を「プロト工業化」と呼んだのが、アメリカの経済史家のフランクリン・メンデルスであった。1972年に書かれた「プロト工業化―工業化の第一局面」という論文で、プロト工業化が工業化の第1局面であり、産業革命が第2局面であるという概念を提示したのだ。

 単純にいえば、プロト工業化とは、繊維品の生産を中心とする農村工業の発展のことである。さらに、農村が、穀物を生産する農業地帯と、繊維品を生産する工業地帯とに分岐した。

 ここでの主な繊維品が〈亜麻・麻・リネン〉であった。

©iStock.com

 メンデルスは、17~18世紀のフランドル(現在のフランス北部、ベルギー西部、オランダ南部)で、リネンの生産が増加し、その近隣地域から穀物を購入したと考えた。

 メンデルスの考えでは、プロト工業化の引き金となったのは、人口増加による人口圧だった。

 16世紀から17世紀中頃にかけてヨーロッパ全土で人口が大きく増大し、食糧不足が蔓延(まんえん)したことは、こんにちではほぼ通説といっていい。人口増加があると、農作物の生産に適していない土地では繊維品の生産が進み、農業に適した土地との分業がおこなわれる。それぞれ適地に特化したため工業生産と農業生産の両方が増えるというのだ。それが、やがてヨーロッパ各地で、プロト工業化(農村工業の発展)から本当の工業化である産業革命へという変化につながった、とメンデルスは主張したのである。

 さらにヨーロッパだけではなく、アジアでもプロト工業化とみなされるような現象があったことがわかってきて、日本でも「プロト工業化」論からの研究が一時期盛んに行われた。1970年代から80年代にかけ、プロト工業化の研究は世界的なブームとなった。

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