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連載高野秀行のヘンな食べもの

高野 秀行
2017/10/03

ミャンマーの納豆バーニャカウダは絶品!――高野秀行のヘンな食べもの

イラスト 小幡彩貴

 納豆は日本独自の伝統食品だと思い込んでいる人が多い。かくいう私もその一人だったが、実は中国南部から東南アジアの内陸部、さらにはヒマラヤまで、納豆を食べている民族がいることを知って驚いた。結局、アジア大陸諸国の納豆を調べ回って本を一冊書いてしまったほどだ。

 私はこれらを「アジア大陸納豆」、略して「アジア納豆」と呼んでいる。アジア納豆は日本納豆とは作り方がちょっとちがう。日本では伝統的には稲わらで煮豆を包んで発酵させるが、アジア納豆は大きな木の葉で包む。バナナの葉やシダ、パパイヤの葉で包むところもある。どんな葉で包んでも二、三日経つと、ネバネバと糸を引く、あのくさい匂いをさせた納豆ができあがる。

 確認のため、ミャンマーとブータンの納豆を持ち帰り、東京都立食品技術センターで検査してもらったところ、作用している菌は日本の納豆菌と「ほぼ同じ」という結論をえた。要するに納豆菌はどこにでもいて、稲わらを含め、どんな植物で煮豆を包んでも納豆になってしまうのだ。

 さて、アジア納豆の食べ方はどうなのか? これが日本の納豆とはだいぶ異なる。というより、アジアの納豆民族のみなさんは日本の納豆を見ると、首をひねる。「どうして生でしか食べないの?」「どうしてご飯にかけて食べるだけなの?」

 実際私はミャンマーの少数民族であるシャン族出身で、東京に長く住んでいる人にそう訊かれて絶句してしまった。彼曰く「私たちシャン族は、納豆を生だけじゃなく、焼いたり煮たり蒸したりして食べてるんですよ」。

 衝撃である。だって、考えてみてほしい。もし魚を生でしか食べないという民族がいたら、どう思うか。「まだ文明化されてないんじゃないか?」と疑いかねない。つまり、私たち日本人は“納豆後進国”の疑いさえ持たれているのだ。

 では、逆に“納豆先進国”はどこなのか? 私が調べたかぎりでは、納豆料理が最高度に発展しているのは前述のミャンマー・シャン族が住むエリアだ。彼らは新鮮なものは生のままでも食べるが、多くの場合、豆を臼で潰して平らに伸ばしてから天日干しにし、薄焼きせんべいそっくりのものを作る。保存にいいからだ。

 このせんべい納豆はそのまま火に炙っておやつにしても香ばしくて美味しいが、砕いて粉にすると、調味料に早変わりする。汁物でも炒め物でも何でもその納豆粉を入れてしまう。納豆はアミノ酸が多量に含まれ、うま味の固まりだから、どんな料理に入れてもダシが出ておいしくなる。

 シャン族の人たちが日常的に食べる料理で、しかも私が「世界の納豆料理ベスト3」に入れたいと思うのは、「納豆と川海苔のディップ」。

納豆と川海苔のディップ

 まずせんべい納豆を揚げ、それを川海苔、ピーナッツ、ニンニク、生姜、ネギ、パクチー、湯むきしたトマト、茄子、炒めた唐辛子と一緒に石臼に入れ、丁寧に潰す。最後に納豆を揚げた油を少し垂らし、水を加えるとディップ(タレ)が完成。そこに茹でた野菜や生野菜をつけて食べる。納豆バーニャカウダとも呼べる。

納豆と川海苔のディップ(中央)を野菜に付けて食す“納豆バーニャカウダ”

 これは絶品の一言。納豆独特の風味はしっかり残っているのに、川海苔などと合わせているせいか、なんとも爽やか。粘り気はないが代わりにコクとうま味が凝縮されている。これほど体によさそうで、でも食べ応えのある料理はない。しかも、初めて食べる外国料理なのに無性に懐かしい。

 残念ながら、日本人は納豆のごく一部しか知らないと、つくづく思った。でも、同時に納豆の恐ろしいほどの可能性を知って感動してしまったのだった。

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