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鈴木 涼美
2017/09/30

安室奈美恵が私たちに残してくれたもの

厚底の上の世界

  9月20日夜、歌手の安室奈美恵が1年後の2018年9月に芸能界を引退すると発表。1995年、中学生時代は「安室奈美恵になることしか考えていなかった」という作家の鈴木涼美さんが、安室奈美恵と歩んだ約20年を振り返りました。

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 中学校の卒業式、JR横浜駅の近くにある駅前でチラシを配っているような安い美容室で、生まれて初めて髪の毛にメッシュを入れた。いつもは鎌倉市内の母親も通っていた美容院で切ってもらっていたが、メッシュを入れるとなるとそこの店の料金は私には高すぎたからだ。メッシュを入れるときには、櫛の先で髪の毛を少量ずつすくってアルミホイルにのせ、そこにブリーチ剤をつけるのだというのもその時に初めて知った。

 1年ちょっと前に結婚記者会見の頃の安室奈美恵のショートヘアを真似て短くした髪は中途半端に伸びて、おかっぱの長さに白メッシュは似合わなかったし、紫色のトリートメント代をケチったためにメッシュは思ったよりずっと黄色くなってしまった。そもそも思春期で顔も腿もぱんぱんの私が短髪にしたところで小顔の安室とは全くの別もので、どちらかというとちょっと派手な化粧をした山田花子、好意的に見てもせいぜい矢口真里だったので、美容室を出て横浜駅のホームで横須賀線を待つ私は今見返したら目も当てられないほどダサかったと思う。

 それでもその日の午前中にあった卒業式典の後にスミスのルーズソックスに履き替えた私の足はスキップに近いほど弾んでいた。ショートヘアにしたところで、髪にメッシュを入れたところで、ミニスカにブーツを買い揃えたところで、私は全然安室ちゃんではなかったけれど、それでもメッシュを入れる前より1ミリだけ近づいていたはずで、1ミリだけでも近づけたことが嬉しかった。明日から下駄箱の前でこそこそルーズソックスを履いたり、下駄箱の中に1週間も洗濯していないダサい白のぴったりソックスを忍ばせておいたり、少しだけ茶色にした髪に気づかれないようにぎゅうぎゅうに結んだりしなくていいのだという解放感と、1週間後には渋谷の高橋医院でピアスを開けられるという希望も加わって、ニヤニヤしながら電車に乗った。

©文藝春秋

 小学校から通った女子校は服装の規則が厳しく、生徒が寄り道をしていないか見回る教諭もたくさんいた。仲良しで離れたくない友達は何人かいたが、一瞬休刊したeggはすぐにものすごくパワーアップして復刊していたし、ストニューも月刊誌になったし、スミスは1600円のスーパールーズソックスよりもさらに長いソックスを発売したという噂だったし、私は学校の校風なんかのためにそれらを諦めるわけにはいかなかった。校風より勉強より今まで親が支払ってくれていた学費より、優先すべき事項があり、それを手に入れられる青春を手放したくはなかった。

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