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連載平松洋子の「この味」

平松 洋子
2017/10/05

むだのない動きに快哉を叫んだ。焼き鳥屋の「横串の女」――平松洋子の「この味」

©下田昌克

 おっ! 思わず目が釘づけになったのは、それが銀座だったからかもしれないが。

 路地裏の焼き鳥屋、早い時間の夕刻のカウンター。馴染み客らしいご婦人がひとりで焼き鳥を食べている。年のころ六十過ぎ、和服こそ着ていないが、近所で店をもっている女主人かなとも思う(横顔が高峰秀子に似ているので、勝手に秀子ママと呼ぶことにする)。

 秀子ママ、周囲の喧噪を気にするふうもなく、ちょんと角っこに座って、ビールの小瓶を手酌。コップの下方を軽く持ってスッと傾け、喉の奥にクイッと放りこむ仕草にキレがある。タダモノではない。

 目を引いたのは、焼き鳥を食べるようすだった。

 わさび焼き、来ました。

 串をつまみ上げました。

 横一文字に串をぴたりと構え、一番めのひと切れに歯を食いこませて確保。

 頭は動かさず串だけ横方向へ、すーっと引く。

 歯の奥にひと切れ消える。

 残りの肉をつけたまま、何事もなかったかのように静かに皿の上に着地する食べかけの串。

 むだのない一連の動き、串は弓矢か。秀子ママが武芸帳の登場人物に思われた。

 私は、心のなかで呼んだ。

「横串の女」

 尖った串の先端を口のなかに入れるのではなく、トンビが急降下して油揚げをかっさらうかのように、横へ串を引き、肉だけスイッ。一番めの肉はさておき、二番め以下の肉を食べるとき、尖った先端を喉の奥まで突っ込む「縦串」は、意外に危険です。「横串の男」もたくさんおられると思うが、女だてらの鯔背(いなせ)な潔さにおいて、チョイと気になる「横串の女」なのだった。

 ここで思い出すのは、過日の騒動「串から肉を抜いてバラす問題」だ。ある焼き鳥屋の店主の涙の訴えに、「大きなお世話だ」と反撃のノロシが上がったわけだが、私が驚いたのは〈バラす〉派の多さだった。

 串から分解して肉を差配するのは、合コンにおける女子の作法の一環かと納得していたのだが、あながちそうでもなかった。串にかぶりつくのは無作法(かも)という思いこみ、あるいは、いっぺんに肉をはずして箸で拾うほうが手間いらずということらしい。

 私ですか。私には、そもそも「バラす」という発想がなかった。焼き鳥は串からそのまま食べるものだと最初に覚えたので、疑う余地もなく。外国人のために考案されたという直角フォーク「チキナー」(串から肉をはずす小道具)を目撃したときも、「よく考えついたなあ」と、のんきに眺めていた。「縦串」ではなく「横串」のほうが食べやすいと気づいたのは、鯔背だと思ったわけではなく、二番め以下の肉の食べやすさからだった。

 しかし、思わぬ方向から矢は飛んできた。〈バラす〉問題が勃発したら、横串の女のハシクレとして、自分の食べ方がにわかに気になってきた。焼き鳥店を営む友人に訊いてみると、串を持って食べるお客のうち、「縦串」がほとんどだという。いまは串の扱い方を学習する機会もないから、縦も横もなく、手っ取り早くバラしちゃうんだろうねと言っていた。

 そんなところへ秀子ママと遭遇したものだから、快哉を叫んだ。しかも、小瓶ビール一本、焼き鳥五本。ここは鮨屋かというくらい引き際も素早かった。